
2013年5月22日水曜日
「TEACHERS OPEN DOOR, BUT YOU MUST ENTER BY YOURSELF」学ぶということ
先日訪問したアメリカの高校の生物教室に張ってあったポスターに書かれていた言葉だ。
「教師は扉を開けるが、入るのはキミ自身だ」とでも訳せばいいだろうか。教師は、学問の世界の入り口まで生徒を導き、入り口のドアを開けて示すことはできる。だが、そこから学問の世界に踏み込むのは生徒自身の意欲次第だ、という意味である。
別な例え方で「泉のそばにウマを曳いていくのは飼い主の人間だが、水を飲むかどうかを決めるのはウマ自身だ」とも言われる。
学ぶということの本質を突いた言葉だ。
そう考えていくと学習指導要領なるものをどれほどいじくり回しても、学ぶ主体(児童生徒) が本気で取り組まなければ、学びは成立しないことが明らかになる。もちろんそこに介在する教師の力量や技能も重要な要素である。
だから指導要領は、本質的でシンプルな方が良い。ガイドラインと言って良いかもしれない。
「『あれとこれは、必ず教えるようにしなさい』と指導要領で指示しました。だから子どもたちに学力が身につかないのは私たちの責任ではありません」という役人のアリバイ作りだったとしたら、日本の教育はあまりに貧しい。
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