2009年8月31日月曜日

夕焼け



 台風が接近しているせいだろうか?血のように赤い夕焼けだった。
 凄味のある空。秘めた怒りか?

2009年8月30日日曜日

羅臼湖





 今年は仕事の関係と天候に恵まれず羅臼湖へ行っていなかったので、今日が今年初の羅臼湖行となった。
 雨が多かったせいかいつも以上に道がぬかるんでいて歩きにくかった。木道の傷みも相当なもので、厳しい気象条件と利用者が多すぎることが原因かなあ、などと考えながら歩くうちに五の沼を過ぎて短い下りにかかる。足下ばかり見ていた視線を何気なく上に上げると遠くの羅臼湖が目に飛び込んできた。
「やっと来たね。今年は遅かったね。」端正な表情で、呼びかけてくる声が聞こえたような瞬間だった。

2009年8月29日土曜日

ウミガメ放流会の罪悪

 ウミガメの孵化放流事業というのは「保護」という名目のもとに卵を掘り返して集め、孵化させて、子亀を放流していると知った。カメが産卵する海岸の環境を守りきれなくなったニンゲンたちの苦肉の策であるらしい。
 それはさておき、ウミガメの専門家から子亀の放流を賑々しく行う「放流会」がカメの生存に対して良くない影響を与えているという指摘が出ているらしい。

 ウミガメが産卵に上陸する海岸から卵を集め、孵化させて子亀を放流する、という形の保護活動が行われているらしい。「放流会」を行うためには、一定数の子亀がそろうまで子亀の畜養が必要になる。この期間が子亀の体力を消耗させ悪影響を与える危険性が指摘されている、というニュースを聞いた。そこで「放流会」を取りやめる所も出てきているという。その対応は好ましく感じた。だが、同時にそのニュースの中で「環境教育のために放流会を取りやめることは困難」との意見があると紹介されていて、耳を疑った。いまだに信じられない。野生動物の負荷を意味なく増大させて、何のための「環境教育」なのだろう?本末転倒も甚だしい。

 「環境教育」を標榜する運動の中に相当量のアヤシゲな運動が混ざり込んでいるとかねがね感じていたけれど、こうあからさまに自らの正体を暴露してししまうこともあるのだなあと呆れた。

 それにしても日本人はどこまで自然に対して傲慢になるのだろう。自分たちの快適な生活を優先させるあまり、ウミガメの繁殖環境を破壊してしまったことは敢えて黙過しよう。残り少なくなった砂浜に産卵された卵を守るために回収と人工的な孵化が必要なことも、場所によってはやむを得ないと思う。しかし、孵化してきた子亀の命は誰の物でもない。子亀たちにとって最善の条件で放流してやることが当然ではないだろうか。どうしてそこにニンゲンの側の都合が介在するのだろう?なんたる欺瞞。なんたる偽善。
 ホタルの放流運動も同様なのだが、これらは「教育」ではなく大人のノスタルジーに基づいた自己満足追求以外に何の意味もない。こんな貧困な精神に基づいた運動を「環境教育」などと称することは、迷惑千万なことである。

2009年8月28日金曜日

前線

 前線通過により波が高まり、二学年で予定されていたホエールウォッチングは中止。
雨も強くなっていた。
 再来週に期待。

2009年8月27日木曜日

期日前投票

 期日前投票をしてきた。選挙の時、各政党や候補者の言っていることがそのまま全部実現できたなら、世の中バラ色になるはずだよなあ。
 そう言えば、前の衆議院選挙の時も世の中がバラ色になるような話ばかりを聞かされて、ふたを開けてみたら、正反対。世の中ガタガタ。

 たしか、ウソつきはいけないって、言われ続けていたよな。

 さよなら 日本 散る日本

2009年8月26日水曜日

海からの贈り物





 昨日は久しぶりにマッコウクジラの近くに寄って見ることができた。いつ見ても、何度見てもクジラは大きいと感じる。しかし、どういうわけか昨日はそのクジラを小さく感じた。いや、大きさは間違いなく巨大なのだが、あらためて海の大きさが大きく広く感じたのだ。
 あの、巨大なクジラが生まれ成長し、生きる場が海だ。大暴れしたり全速力で泳いだりクジラたちも生きている以上思い切り身体を動かすことがないはずはない。海は、黙ってそれを受け入れ、クジラたちをものびのびと生活させている。なんと大きなことだろう。
私たちは「ホエールウォッチング」と称してクジラを追いかけ、それを鑑賞し、その大きさに感嘆している。クジラの魅力で人生が変わってしまった、という人も少なくないはずだ。もちろん、そのことは理解できる。あの大きさ、あの動き、あの噴気の音が魅力的でないはずはない。
 だが、それにも増して、海の広さと大きさを感じ取ることが、ホエールウォッチングの第一の目的かも知れない。
 そんな海からの贈り物のお話。

 一昨日、夏休みが明けて初めての授業があり、高校へ行ったら一人の女生徒が
「はい、先生、おみやげ」とペンダントをくれた。一見してサンゴで作った物かと思った。沖縄のおみやげ屋さんなどでよく売られているあれだ。しかし、よく見るとどこか見覚えのある形の物でできている。僕は嬉しくなった。
 別に女子高生からペンダントをもらったから嬉しいのではない。彼女の次の言葉によって嬉しくなったのだ。
「番屋のある浜で集めた物で作ったんです」と彼女。
 知床の海岸で見つかる貝殻、それを漂着していたテグスのような糸でペンダントにまとめてある。
 あらために眺めてみた。彼女のセンスの良さで、美しくまとまっている。もちろん世界で一つだけの物だ。すべて知床の海岸にあった物で作られているのだ。彼女の家の番屋は岬まで数キロという知床半島の先端近くにある。これは知床からのプレゼントでもあるのだ。
 大切な宝物が一つ増えた、この夏の出来事である。

2009年8月25日火曜日

今日のクジラ





 高校生の授業でホエールウォッチングへ。
 三年生は二年越しの念願が叶った。
 イシイルカとマッコウクジラを見ることができた。

 その他、トウゾクカモメ、フルマカモメ、ミツユビカモメ、アカエリヒレアシシギ、オオセグロカモメ、ウミウ、ウトウなど多数。