2013年2月28日木曜日
雪降る原野から
いま、20時20分。
風の無い空中を雪が降っている。
粒の大きな雪が降ってくる。
平らに広がった雪の粒は
途中の空気と戯れ
小さな紙片のように
ヒラヒラと
あとからあとから
降ってくる。
この先止むことが無いように
降り続ける。
ここは北緯43度22分
温量指数46(※注)
最低気温の記録はないが
植物にとっては日本列島の寒極の一つだ。
雪原に独り立つサクラが花を咲かすまで
たっぷり100日はかかる
この原野に似合っているのは
一本だけ離れ、独り立つ孤独なサクラだ。
大勢が花を囲んで大騒ぎする花見は似合わない。
100日したら
独りでサクラと向き合いに行こう。
今日の雪のように
止むことなく舞い落ちる花びらを
受け止めに行ってみよう。
※作者注 「温量指数」:植物の生育に関する指数とも呼ばれる。
その土地の毎月の平均気温から5を引いて、正の数だけを積算した数値。
5を減じるのは、一般に植物は5℃以上で光合成を行い、消費するエネルギーを 上回る生産をして、蓄積できるとされているから。つまり植物は5℃以上の気温で 成長できるということ。
根釧原野の指数は46.1、稚内:55、東京:131.3、那覇 :212.4
2013年2月27日水曜日
シー・シェパードは「疑いもなく海賊だ」 米高裁が認定 連邦地裁の判断を覆す
2013.2.27 18:36配信のmsn産経ニュースから
【ニューヨーク=黒沢潤】米サンフランシスコの連邦高裁は25日、日本の調査捕鯨団に対して妨害行為をしてきた米国の反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」を「海賊」と認定、連邦地裁の判断を覆した。
裁判長は「船を衝突させ、酸入りのガラス容器を投げつけ、プロペラを破壊するため金属で補強したロープを使用するならば、どんな信条を持とうと、疑いもなく海賊だ」と断定。また、SS創設者で国際指名手配中のポール・ワトソン容疑者を「常軌を逸した人物」と批判した。
この件をめぐっては、調査捕鯨を実施している日本鯨類研究所(東京)が2011年12月、SSの妨害行為差し止めと海賊認定を求めて同州の連邦地裁に提訴。しかし、連邦地裁は昨年2月、SSの妨害は海賊行為にはあたらないとの判断を下していた。
日本の異議申し立てを受け同高裁は昨年12月、SSの船が日本の調査捕鯨団から500ヤード(約457メートル)以内に接近するのを禁じるなどの命令を出していた。
(引用ここまで)
自分の意見を持つことは大事だ。それを主張することも良い。たとえ反対意見でも、それは認める。 だが、なりふり構わず自分の主張を押しつけ、それによって誰かが傷つけられたり、極端な場合命を失ったりするようなことがあってはならない。 まして、そんな横車を押すのが権力者だったらどうだろう。 強大な力の前に、反対の意見を持っていても沈黙せざるを得ない人々がたくさん出てくるに違いない。 今の「国歌」もろくな論議を経ぬまま、数の力で押し切られ、一旦決まるとそれを盾に「歌わない自由」に圧力をかけ土足で心に踏み込んでいるのが現状だ。 驚いたことに、天皇でさえそんな状況を心配する発言をしていたではないか。 TPPも瓦礫の処理も、普天間基地の辺野古移転のタクラミも原発の再稼働もみな同様、権力による犯罪だ。横車で。 シーシェパードのやり方と同様。 「疑いもなく海賊」のやり方なんである。
参考(http://sankei.jp.msn.com/world/news/130227/amr13022718370008-n1.htm)
2013年2月26日火曜日
死を意識して生命と対峙せよ
高齢になってから病院に入るというのは、一般的に老いを加速することだと知った。無理からぬ面はある。
たった一週間だけだったが昨年、生まれて初めて体験した入院生活は、今思い返してみても快適だった。上げ膳据え膳であらゆる身体のケアをしてくれる。爪切りから耳掃除までしてくれ、身体を動かせなかった時は全身の清拭もしてくれた。僕はただ、温和しく本でも読んでいればよかった。
僕が入院した釧路労災病院がとりわけ優れた病院だったせいもあるだろうが、傷ついた部位がひどく痛むことさえガマンすれば快適な過ぎる生活で、「まるで王侯貴族のようだ」と来る人ごとに語っていた。
高齢者が入院した時、それまで自力で行っていた種々の日常動作の大半を他人に頼るようになれば、自分の身の始末は自分でつけるという意欲が低下することは容易に考えられる。その結果、急速に衰えることも多いのだろう。
高齢者の場合、食事でも着替えでも自分のペースでゆっくりと行う人が多い。介護する人にとってはそれを待つまでの時間が惜しくてしかたないのだろう。だから「できることは自分でさせた方が良い」とわかっていても、つい介護者が手出ししてしまうこともありそうだ。問題はここにあるようだ。
病院で高齢者の介護や看護にあたる人々は、死をどれくらい意識しているだろう。客観的に見て高齢で病気の人は、もっとも身近なところで死と向き合っていると言えるだろう。もし、このことを真剣に考えているなら、高齢者の医療現場はもう少しましになっているのではないだろうか。
少なくとも食事や排泄の介助を「作業」のように見なすことは止められると思うのだが。
父は2か月近い入院生活で、点滴の針が血管から抜け輸液が筋肉中に漏れだし、腕をゴム手袋のように腫らせたことが10回以上あった。専門的なことはわからないが、92歳という年齢からみても血管から留置針が抜けやすい状態になっているのかも知れない。
それに対して病院では、最初から最後まで24ゲージの留置針を使っていた。もし、これをもう一段細い26ゲージに変えていたらどうだったろう、などと細々としたことが気になってしかたがない。
いずれにしても、医療の現場ではもう少し死を意識して生命と向き合って欲しいと希望するのである。
2013年2月25日月曜日
地震はやっぱり忘れた頃に来るのか
今日、札幌から一旦帰って来た。
新札幌から特急列車に乗った途端に栃木県北部の震度5強の地震の連絡が入った。
震度5を越す地震が起きるとやはり心配になる。一昨年の3.11では東京が5強だったと思う。人口密集地帯だと震度5強でけっこうな混乱が生じた。
今回の震央は、そんな人口密集地ではないようだ。そのため詳しい報道がない。しかし、この地震が大きな火山活動と関連することはないのだろうか。より大きな地震と連動することがあるかも知れない。
いたずらに不安を煽る必要はないが、もう少し関心をもってこれらのニュースを見る必要があるのではないか。
一昨年3.11の後、気象庁は「日本列島の地殻は活動きに入ったと見てよい。今後、しばらくは大規模な地震や火山活動に注意する必要があるのではないか」という見解を発表していた。それにもかかわらず(原発事故も含めて)皆そろそろ地震への警戒感が薄れ始めているのではないだろうか。
意識して忘れるように仕向けているように感じることもある。
忘れた頃、意外な場所で災害が起きるというのが今までの流れだったように思う。
2013年2月24日日曜日
個人の力に頼るのではなく
医療においてもっとも大事なものはなにか。
それは愛だと思う。病む者の立場にたってものを考えているか、それが愛だと思う。
痛みを誰の痛みと感じるか。自分や自分の身内の痛みと感じているかまさにそれこそが愛でなかろうか。
北央病院では非常に良心的でまさにプロフェッショナルと言えるスタッフもすなくない。そんな良心的なスタッフもいるのだ。
問題は、それがシステムとして共有されていないということである。
これはこの介護の業界の構造的な問題かも知れない。
2013年2月23日土曜日
なんたる劣悪さ! 日本の高齢者医療と介護・・・・日本の高齢者は国家に殺されている
昨日、札幌の北央病院のことを書いた。
あまりに非人道的な扱いを腹に据えかね、不本意ながら病院名を明らかにしたのだが、このような扱いが北央病院に限らず広く一般的に行われている様子であることが少しずつ判ってきた。
たとえば、ご飯もおかずも与えられた薬も皆一緒にしてかき混ぜて食べさせるようなことをしている病院や介護施設は数多くあるようだ。もちろん北央病院もそうしているのだが。
今日は、めずらしく父がいつもより長時間、目を覚ましていた。「お、これは良い兆候かな」と思ったが、そうではなく、尻の皮膚が痛くてゆっくり眠られないでいたのだ。
よく見ると肛門周囲の皮膚が激しく爛れていた。
発熱や全身の倦怠感から父は現在入浴が出来ない。ふつう、入浴のできない患者は身体を清拭してくれるものであるが、清拭してもらっているのかどうか見当がつかない。つまり情報の流通が非常に良くないのだ。「インフォームドコンセント」などどこの世界の話かと思うほどだ。清拭の時や排便後にもう少し丁寧に身体を拭いてくれさえすれば、こんな糜爛は生じないはずなのだが。
同室の患者さんに付き添っている一人の奥さんがいる。彼女は実のお母さんの介護の経験もあるとのことで、排便後の清拭や皮膚をできるだけ健全に保つ様々な知恵を教えてくれた。
日本の民間には、このように経験によって生み出された様々の優れた介護の知恵が蓄積されている。だが、一部の病院や介護施設にそのような知恵は、ほとんど反映されていない。これはつまり一施設の問題ではない。介護制度や介護職養成の段階や介護現場でそのような知恵がまったく生かされていないことが問題なのだと思う。つまり構造的なシステム上の問題なのだろう。
世界のトップクラスのGDPの国としては、あまりに恥ずかしくないか。これでは、いつまで経っても国民の生活満足度は上がるわけがない。このままでは「幸福な国」になどなれるわけがない。日本の国家は、国民の命をまったく尊重していない。日本の高齢者の未来は真っ暗なのである。
そして、自分自身もそうだったのだが、このような貧しい現状を知っている人々がまだ少なすぎるのではないだろうか。このことは今後もっともっと広げていかねばならない問題だと思う。是非広げていきたい。
2013年2月22日金曜日
病む札幌北央病院の闇
父は、昨年12月から札幌市厚別区青葉町にある勇気会札幌北央病院に入院している。入院する直前まで娘の買い物について一緒にスーパーの店内を歩き回っていたのだが、今は自力で歩くこともままならない。たっていることすらおぼつかない。
この2ヶ月あまり、「段ボールを覆い被せていくように」病態が悪化した。そして、ついにMRSA(メチオニン耐性黄色ブドウ球菌)に感染してしまった。院内感染に違いない。
この病院には、入院当初から不信感をもつことが多くあった。看護スタッフが足りないことによるのだろうが、自力で食事を摂れない老人に対して嚥下を急かせたり、子どもを叱るような口調で食べることを強要したり、そばにいても正視できないような態度で接したりしていた。
病室の暖房は不十分で室温は常に20℃前後。病人にとっては厳しい気温だと思う。また、感染症を持つ病人にとっては回復させる環境とはほど遠い。
点滴の針が静脈から抜け、液が皮下に漏出していることもしばしばでこの二ヶ月で5回はあった。高齢者だからある程度やむを得ないところもあるのだろうが、問題は点滴中に看護師が点検に訪れてもそれに気づいていないという点である。
また、こんなこともあった。肺炎で39。2℃にまで体温が上がっていたにもかかわらず看護師は
「今日はなんだか元気がないね」と言っただけで見過ごしていたのだ。
家族の者が昼に訪ねた時に体温を測定し、初めて高熱に気づいたのである。
きわめつけは、MRSAの感染を出来るだけ小さく見せようとして家族への説明で院内感染だとは認めていないこと、MRSA感染だということも検査後2週間ほど経ってから知らせたこと、投与している薬に関する説明が一切されていないことである。
これでは病院を信頼しろという方が無理だ。
病院と患者・家族の間にこれほどの不信感がある状況では効果的な医療は成り立たないことは明白だ。
家族の率直な気持ちは、なぜ元気だった患者が入院したことで衰弱してしまったのか、感染しなくてもよかったMRSAに感染したのは病院に行ったためでないのか、ということだ。
北央病院は、行けば病気が重くなる病院なのだろうか。
ほとんど情報を与えてくれない闇としか感じられない病院であることは確かだ。
また、この問題について、何らかの有効な解決の道を求めて頼った札幌市の保健所も病院を庇うような態度に終始した。
札幌という町は、病んで苦しんでいる市民に冷たい町に思えるのは今が冬だからという理由だけではないだろう。
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