2013年3月21日木曜日

福島原発は動物たちのパラダイスかも・・・久々にピョートルが執筆

 こんばんは。  みなさん、お久しぶり。根釧原野で暮らすネコのピョートル=愛称「ペーチャ」です。  僕は、ネコだから朝寝ゴロナオ、ツメ研ぎ、ゴロゴロが大好きで、勤勉なのは大嫌い。このブログも長い間ずっと親方に書かせてました。アイツの文章力はまだまだ未熟で、練習させてやる必要もあり、これからも彼に書かせてやるつもりでいます。ただ、今回に限っては、どうしも書きたくなって出てきました。 「書きたいこと」というのは福島のネズミのことです。  福島第一原発の使用済み燃料冷却用の電源が3日間にわたって停電した原因について、ハッキリとしたことはまだわからないが、配電盤の近くにネズミの死体があったと伝えられていましたね。  そのため、配電盤に入り込んだネズミの体で回路がショートして停電したという見方が浮上しているようです。配電盤には電線を通す穴があるのでネズミなどの小さな動物が入り込みやすいつくりになっています。  ネズミは体をさらすことを極端に嫌う動物で、常に体が何かに接触していることを好むのです。だから、電線に沿って歩いてきて偶然配電盤に入ったり、巣作りに好適な場所として好んで入り込んだりすることはよくあります。  それに福島の壊れた原発付近は、放射線の非常に強い区域でしょうから中に入ってくる人間はとても少ないと思います。放射線のことなど知らないネズミたちにとって住み心地は悪くないかも知れません。  え、何を食べているかって?  現地のことはわかりませんが、一般的に核燃料の崩壊熱、放射の除去装置の駆動、たくさんのポンプなどがあるし、燃料貯蔵プールの水は30℃前後ありますから周りから昆虫や爬虫類など割に多くの小動物が集まってきていると思われます。北海道の弟子屈町にも地熱が高いので、真冬でも雪が積もらず、草が茂りマダラスズというコオロギの一種が鳴いているポンポン山という所があります。  福島第一原発の事故現場は、ちょうどそんな環境なのでしょう。昆虫や小動物、それらの死骸などを食べるネズミたちもそこに集まって来ないわけはないと思います。  ううーむ。考えただけで僕も行ってネズミを捕まえたくなってきた。でも、放射線は怖いよなあ。賢いネコは行かないな。やっぱり。  まさか、放射線の影響で突然変異が起き、ゴジラみたいに巨大化したネズミなんかがいたらもっと怖いしね。ちなみにそんな怪獣の名前は「チュジラ」だよね。

2013年3月20日水曜日

悲しきキハ54

 札幌からの帰路だ。  札幌を14時20分に出発する特急に乗り、釧路発18時31分の花咲線根室行き普通列車に乗り換える。その車内でこれを書いている。  今日の車両はキハ54 522だ。国鉄が分割民営化される直前に四国や北海道など「赤字」が予想されるローカル線向けに建造したディーゼルカーで、「新造」と言ってもそれまで使っていた車両の部品を再利用している。  なかなか優れた車両だと思うが、そんな先入観があるためか、どうしても地味に感じる車両だ。言わば分割民営化に際して、解体されることの決まった国鉄が形見分けのように地方線区に遺してくれた形式なのだ。  たとえば、今、僕が座っているシートだが、背もたれにはテーブルやポケットが付いている。しかもリクライニングシートだ。誰が見ても地方ローカル線のワンマンカーに使われるシートではない。  このシートは使わなくなった特急用キハ183系ディーゼルカーから乗せ替えたものだ。地方ローカル線の不便なダイヤで走る車両に不似合いなこのシート。豪華であるだけにかえって物悲しい。    儲かる路線にはカネをかける。地方路線は赤字を生み出すばかりだから、特急のお古で我慢しなさい。カネを稼ぐ線区は優遇するが赤字の線区の住民が辛く惨めな思いをするのは当然だ。貧乏な地方は報われなくて良い。特急のお下がりのシートを使わせてもらえるだけありがたいと思え、と言わんばかりだ。まさしく新自由主義の象徴だ。  ごく少数でも人が暮らしている場所には駅があり、駅舎の灯りの下には駅員が勤務している。そこにやって来る汽車にのれば、レールが繋がっている場所ならどこへでも行ける。採算よりも人や物が通う生活の基盤として鉄道が、かつてはこの国にもあった。  そんな国鉄を一部の政治家とマスコミ、それらに欺された国民がこぞって袋だたきにして分割民営化を進めた歴史がある。金儲け最優先の論理だけがその後も一人歩きし、分割民営化後も多くの地方線区を廃してきた。その勢いはまだ止まない。  いま、また道南の江差線が廃線になろうとしている。

2013年3月19日火曜日

不都合を隠蔽する文化

 先週のESD研修会で教育大学釧路校の先生から聞いた話だが、キンギョ以外の動物は絶対に学校では飼わないというある校長先生がいたのだそうだ。小学校の校長先生で、その理由は、動物が死んだところを子どもたちに見せるべきではないという保護者からの強い要望があるから、ということだった。  この話は、僕が直接聞いたことではなく、人を介して聞いたことだからその事実関係の細部のことはわからないが、現代の小学校の実情を考え合わせれば「死んだ動物を見せたくない」という発想が一部の教師や保護者から出てきても不思議はないと思った。  不快な部分、汚れた部分、きつい匂いのするもの、醜いものを水面下に隠蔽し、見てくれの良い快適で都合の良い所だけを見えるようにする、または見るようにする傾向は、もうすでにずいぶん前から指摘されている。  ホルモン、ミノ、カルビ、サガリなどの焼き肉を食べながらテレビで放映される野生動物の姿や仕草を「ワー!かわいい」などと言いつつ楽しんでいる。もちろんそれはかまわない。  だが、その時、心の片隅で、自分が食べている肉を命と引き替えに提供してくれた動物のことを少しは考えてもらいたい。そこ介在する人々、つまり家畜を飼育し、屠畜し、解体し、部位をごとに切り分け、食べやすい大きさに切りそろえる仕事をした人々のことも少しは考えてほしいものだ。  そのことへ思い至れば、家畜を飼育してる農家へ行って「クサイ」とか「きたない」などという言葉は出ないはずだ。  同様に動物の死から生命の尊厳を感じ取り、「生きている」ということについて正面から受け止められるようになるのではないだろうか。

2013年3月18日月曜日

札幌にて

 札幌に着いてあらためて感じた。  都市空間の環境と僕が普段生活している知床の環境とのギャップになんだか戸惑う。人類は、とっくに限界を超えているのかもしれない。

2013年3月17日日曜日

エゾシカ有害駆除

 久しぶりに羅臼町のエゾシカ有害駆除に参加し、一日中走り回った。シカには何の恨みもない。無闇に生命を奪うことには抵抗を感じる。  だが、現在の条件下で、増えるにまかせて放置しておけば、個体数は天井を知らないかのように増え、樹皮矧ぎ、希少植物への食害等で植生に対して回復不能な被害を与える虞が十分考えられる。  シカの個体数調整にはどんな方法が最善なのか、まだハッキリとしたことは言えないけれど、現在おこなわれているハンターによる駆除が、一定の効果を挙げているので、これを続けていかざるをえない。  これからの季節、除雪が進んだ国道の路肩などがもっとも雪解けが早い。おまけに国道の路肩にはご丁寧に「芝生」という名の牧草が植えられている。空きっ腹を抱えて冬を乗り切ったシカにとっては最高のエサ場だ。その結果交通事故も増える。  また、酪農家の牧草地では、雪が解けると牧草の新芽が一斉に伸び始める。芽を出したばかりの牧草を食べられてしまうのだから酪農家はたまらない。  目の前のシカには全く何の罪もない。だが、そんなあれこれを考えながら、今日は一日シカたちをスコープで覗いて過ごした。

2013年3月16日土曜日

羅臼町の教員は、はたして自分を高める意欲をもっているのか?・・・ESD研修会で

 午後に気圧の谷が通り過ぎたので夕方から宵の口にかけて細かな雪が多めに降り、風もやや強まって吹雪き気味の天気になった。  昨日は羅臼町でESD(持続可能な発展のための教育)に関する研修会を開いた。幼稚園の先生方は午後の早いうちが良いと言い、小中高校の先生方は放課後が忙しいと言う。されば、午後と宵の二部構成でと思い立ち講師のO教授にお願いして同一の内容で二度の講演をお願いしたところ快く引き受けて下さった。  午後の幼稚園の先生方を対象にしたものは、まだ勤務時間中であったこともあり町内のすべての先生方が集まってくれた。O先生自身の経験や彼が調査した膨大な実践事例を披露してくれて、「勤務」として集まってくれた先生方にも好評な研修会となった。  ところが、異変は夜の第二部に起きた。研修会の参加者はゼロだったのだ。勤務時間外の研修会だから誰一人参加の義務はない。そして、一人一人いろいろな事情もあるだろう。最初から大勢の出席は予想していなかった。参加対象は60人以上いる。だから2~3人の出席でもかまわないと思っていた。  出席するか否かは、あくまでも一人一人の自主性と主体性に任せたものだ。教員の研修には「自主」「民主」「公開」という三原則がある。だから自分から進んで自分の見識や力量を高めようと努めることが研修の原則だ。その意味で研修の時間帯を夜間に設定することに問題はない。僕自身も現役の時は、夜の峠を越えてウトロ側までいろいろな研究者の話を聴きに出かけていた。夜間に出かけるのは少々しんどい。それでも進んで学ぶことは、自分の世界を広々としたものにしてくれた。そのお陰でいろいろなことを知り、それがきっかけとなって、また新たな興味が湧いてきたものだ。  羅臼の先生方にはそのような知的な好奇心、向上心が無いのだろうか。それらがあっても夜、町内で行われる研修会に出かけていく意欲さえ湧かないほど疲弊しているのだろうか。 理由を知る術はない。しかし、とにかく地域の子どもたちの優れた教育を提供するためには、教員の質を飛躍的に向上させなければどうしようもない、という現実を突きつけられた夜であった。

2013年3月15日金曜日

卒園式

 町議会が開会中だったので、代理出席を頼まれて幼稚園の卒園式に出させてもらった。 28人の可愛らしい園児たちが一人ずつ登壇し卒園証書を受け取っていた。3歳の時に入園し、今日までの3年間で心身ともに大きく成長したことだろう。見守る保護者や先生方の感激もひとしおだったようだ。  野外活動などの時に呼ばれて、指導させてもらうことはあるが、やや緊張気味で畏まった子どもたちを見るのは僕も初めてのことだ。得難い体験をさせてもらえた。  子どもたちを賢く健やかに心豊かに育てたいと願う思いは親にも教師にも共通で、それは社会の思いでもあるだろう。  それなのに、たった一つの企業が暴走して引き起こした事故のために、福島ではどれだけの子どもたちが不自由な辛い目に遭っているのか。思いはどうしてもそこへ向かう。 写真撮る父の目元の潤って、誇らかに歩む卒園の列