2011年12月31日土曜日

ごあいさつ

みなさま!

一年間、小ブログをお読み下さってありがとうございます。

いつまでたっても拙い内容ですが、これからも書き続けてまいりたい所存です。

来年も、相変わらずお読み頂けたら幸せに思います。


それでは、どうぞ、佳き新年をお迎え下さいますように。

また、来年。

2011年12月30日金曜日

どうする!どうする?

沖縄での防衛局<防衛省<日本政府<米国政府の横暴と真っ向から対峙して一歩も引かない人々、震災や津波そして原発事故のために避難している人々、われわれのように例年とほぼ変わりのない年末を迎えている多数の人々。
 様々な怒りや悲しみ、あるいは笑い、時には泣き笑いを載せて今年も暮れようとしている。

 今年の年末が今までと違っていることを多くの人々が感じているのではないだろうか。

 そして、今ある「穏やかで平安」(に見えるだけだなのだが)な暮らしが、決して今後も変わりなく保証されているものではないことに、気づき始めているのではないか。

 巨大地震や津波は、いつ我々を襲うかわからないし、不完全な技術で欠陥を隠蔽して建設され運転されている原子力発電所の安全性など絵に描いた餅に過ぎず、フクシマで起きた悲劇が我々にも起きないという保証はない。
 そして、何より不幸なことは、この国の政府は、全力を挙げて国民の命と暮らしを守ってくれる政府ではなく、国民よりも米国政府の鼻息を窺うことにそのすべてのエネルギーを注いでいることが、ここ数日間の辺野古新基地を巡る沖縄防衛局と沖縄県との間で繰り広げられた出来事で明らかになったことだろう。
 まあ、本当は、ずっと前からわかっていたのだけれど。

 もう、あと二十数時間で年があらたまる。

 今後、こんな政府の元で人生を送る不幸について、より多くの人に考えてもらいたい。
 そして、この状況を本当にどうにかしなくてはならない。
次の選挙で政権を取り返す気満々の自民党自身が、基地問題にしても原子力発電にしても、今のこのどうしようもない状態を生み出した張本人ではないか!

 この国の国民であり続けるなら、今後どう行動すべきか、一人一人が真剣に考えなければならない時かも知れない。

 そんなことを考えた年の瀬であった。

2011年12月29日木曜日

いま、沖縄で起こっていること

米海兵隊普天間基地の辺野古への移転を画策する防衛省沖縄防衛局は、28日午前4時、沖縄県庁の守衛室に段ボール箱十数箱に入れた、環境影響評価書を、守衛室にコッソリと持ち込んだ。ところが、監視中の県民に見つかり、全部を運び込むことができず。逃げ去った。
沖縄を蹂躙しようという者のこれが正体である。

 国が、自治体に対してすることだろうか。
 「法治国家だ」「文明国だ」と胸を張って言う者のすることだろうか。

 こんな「提出」(された、とは言い難いが)のされ方で、貴重な生物が生息する美しいサンゴの海に滑走路や基地を作られてはたまならない。環境影響評価書の内容そのものが全く信憑性を持たないことは明白だ。

 もうひとつ驚くべきことがある。このニュースは本土では詳しく報じられていないのだ。 「評価書を早朝に提出した」と報じられただけだ。
 自分たちの選んだ政府が、嬉々としてアメリカ政府の提灯持ちを演じ、国民に対してどれほど卑劣で、破廉恥で、姑息なことをしているか、沖縄県民以外の国民には全く知らされていないのである。

 僕は、不愉快だったので28日は、全くTVを見なかったから自分では確認していないが、昨日の午後7時のNHKニュースのトップは、北朝鮮の葬儀の模様だったらしい。
 それ以上に重要で、国民が考えるべきことが、この辺野古新基地の問題ではないのか。
 そして、今日の同じ時刻のニュースでは、一言も触れられていなかった。

 テレビとか大手新聞が、必ずしも重要な真実や物事のディテールを報じないことは、福島原発事故に関する報道で皆わかりかけていることだと思うが、今回の事件で、それがいよいよ明らかになってきた。

 沖縄の基地問題は深刻だ。直ちに無条件に撤去すべきだと思う。さらに、辺野古には、ジュゴンの生息地など壊してはならない自然がある。

 心ある沖縄県民は、思想信条や立場、所属団体の有無や種類を越えて反対している。その意志がいかに固いか。
 われわれ沖縄県外の人間は、それにどう応えるべきか。
 強い問いかけが、今、沖縄から発せられている。

2011年12月28日水曜日

吹雪に吹かれて、静かに燃やそう この怒り



 このところ羅臼は吹雪が続いている。
 降雪なのか地吹雪によって風に運ばれた雪なのか、よくわからないが、朝、目覚めると玄関が雪の山に埋もれている。
 玄関前の雪山は、風によって吹き寄せられたもので、よくもまあ、こんなにかき集めてくれるものだと感心する。

 そんな羅臼から今日は久しぶりに自宅に帰ってきた。
 根釧原野には、まだ雪は無く、寒々した枯れ草の草原が広がっている。

 ニュースなどは見ることも聞くこともせず、今日は静かに過ごしたい。
 海兵隊を辺野古に移転させるために強行された環境影響評価書の「提出」をめぐって、あまりにも拙く、聞けば聞くほど馬鹿馬鹿しい、国のやり方について、書き出したら自分を止められないような気がするから。

2011年12月27日火曜日

吹雪に吹かれながら

知床半島は、高山を横倒しにしたような場所だ。
 半島基部の標津町あたりが登山口で、古田糠→薫別→崎無異→植別と進むにしたがって雪が深くなる。羅臼を過ぎ、ルサ川を超えた辺りからはもう一段雪が深まる。
 知床岬などは、さしずめ岩峰の突端だ。

 海辺で暮らしながら、高山の気分を味わえるのが羅臼だと思う。

 今日も羅臼川の谷間を吹き降りてくる猛烈な風と雪を眺めながら、そんなことを考えた。
 昔、この地で暮らしていた人々も、この風雪に耐えていたのだろう

http://www.youtube.com/watch?v=fh-hVCwHXOA&feature=colike

2011年12月26日月曜日

羅臼町郷土資料館開館



 峯浜に「羅臼町郷土資料館」がオープンした。
 今まで、羅臼町町民体育館の一階の一部に数多くの収蔵物が所狭しと並べられていたが、昨年度、閉校になった植別小中学校の校舎を改築して、展示スペースを作った。
 二階建てで、一階に考古第一、第二、近世の3つの展示室の他、この建物の前身である植別小中学校を記念する「植別室」がある。二階には、昆虫、植物、動物、産業、生活展示室の他にレクチュアルーム、実習室。工作室などを備えている。

 展示物は縄文時代早期の土器や石器から始まり、江戸時代・明治・大正・昭和初期に至るまでの知床の生活用具や写真・図などで、知床・羅臼町の歴史が一度に体感できる。

 今後、羅臼町の文化の新しい発信源になるとともに、児童生徒の学習の場所としても活用されることになるだろう。

 写真は、アイヌ民族の伝統的な家(チセ)の精巧な模型。内部も精密に作り込まれている。

 場所:目梨郡羅臼町峯浜町307番地
 電話:0153-88-3850
開館日:祝祭日・年末年始を除く月曜日~金曜日
 時間:10時~17時
入館料:無料

2011年12月25日日曜日

夕焼けの彼方は吹雪 西風の音に聴きいる 冬の兆しを


 昨日、車(ARCTICA)の修理をしていた。どうしても必要な部品があって、ちょっと買い物に出かけた以外、家から出ずに過ごした。
 もちろんイヌの運動に付き合って原野を歩き回っていたからまったく運動不足にはならない。通常通りに出勤して、一日中机に向かっている日の方が、ずっと運動不足になるのだ。

 夕方、西の空に夕焼けが出ていた。
 ちょうどこの方向で、今、吹雪が荒れ狂っているなんて、信じられないほどの夕焼けだった。