2013年2月3日日曜日
アイヌ文化普及啓発セミナー
千歳市でアイヌ文化普及啓発セミナーがあった。
二つの講座からなっていた。一つは、国立科学博物館教授の篠田謙一さんによる「DNAから見た日本人の起源とアイヌ民族の成立」もう一つは伊達市噴火湾文化研究所所長の大島直行さんの「縄文とアイヌの精神世界を考える」という講座だった。
「縄文とアイヌの精神世界・・・」では、これまで考えてもみなかったほど斬新な縄文人の精神世界についての解釈に接して新鮮な驚きを感じるとともにたいへん勉強になった。
2013年1月11日金曜日
経済のことはサッパリわからないが
政権が交代してから突然円の為替レートが安くなり、株価が上がった。
安倍政権は今後、日本経済を「成長」させるための政策を次々に打ち出している。それに応じるかのように、いろいろな経済指標が上昇し、一見景気が回復の兆しを見せたかのように見える。
しかし、どうしてもそれがホンモノに感じられないのは偏見なのだろうか。
経済学者や評論家からは日銀の金融緩和推進や2%の物価上昇を目指す政策を進める事への危惧が指摘されている。
デフレのように経済活動が停滞したまま物価だけが上昇する現象をスタグフレーションと言うそうだ。
大企業各社が過去最大の内部留保をもったまま、労働者の賃金を限りなく圧縮し、国民同士が羨む相手の給料を下げさせようとする足の引っ張り合いをしている現状をさらに強めるのであれば、物価は上がり収入は伸びないという状況は簡単に生まれるだろう。
現に円が安くなった影響で、石油製品は値上がりする傾向にある。
輸入品は高くなるのだ。
あっ!そうなると輸入ウイスキーも値上がりすることになるナ。わっわっわっわっ!大変だ。
2013年1月6日日曜日
病院という場について、少々・・・・
年末年始休暇の最終日。
風は冷たいが穏やかな一日だった。
午前中、イヌたちと草地をゆっくり回った。
だいぶ雪が深くなり足を取られて歩きにくくなっているので、スキーを使った。
友人から預かっている紀州犬もいるので、わが家のピレニーズと紀州犬と二度に分けて二周した。
どちらのイヌも特別に人を曳く訓練をしていないが、散歩に出かけられる嬉しさから、僕を軽々と曳いて走ってくれる。それぞれに曳き方に個性があって、楽しいひとときだった。
どちらにしても雪の原野を疾走するのは、例えようもなく爽快だ。イヌの息づかい、スキーが雪を踏みしめる音、イヌの足が巻き上げる雪、どこまでも走って行きたいところだが、そのように訓練されていない悲しさで、寄り道や途中停止も多いのだが、一度経験したらやみつきになる。
午後、札幌の父の様子を知らせる電話が入った。
腰椎の圧迫骨折という第一報は誤りで転倒してどこかにぶつかったことによるたんなる打撲のようだとのことだった。
このこと自体は一安心なのだが、高齢であるため相変わらず自力で起立することはできないことには変わりはない。
もう一つ、今、感じている問題は病院の看護の質である。
これは、実際に僕の眼前で繰り広げられた事実なのだが、父のベッドサイドに来た看護師が父に血液型を訊いた。
「○○さん、血液型は何ですか」と尋ねたのだ。
父は、耳が遠いのではなく、聴き取りの力が落ちている。ゆっくりと問えば普通に会話が可能な状態なのである。
しかし、その看護師は、耳が遠いものと思い込んでいるらしく、父の耳元で大声によって問いを繰り返した。
もちろん僕らは、「ゆっくり話せばわかりますから」と、父の聴力に関する実情を説明した。だが、残念なことに彼女はそれをわかってくれなかったようで、その後も大声でしかし早口で話しかけることを止めることはなかった。
その病院は高齢の入院患者が多く、スタッフは、高齢者を扱い慣れているように見える。だが、それはしばしば一人一人の人格を尊重した上で扱っているようには見えないことがある。
世の中にはいろいろな人がいる。性格も違えばそれまで携わってきた仕事も違う。老い方だって人によって全く異なっているだろう。一人一人の状況を把握したうえで、その人にもっとも適した方針をもって看護に当たるのが理想的な形ではないだろうか。
その時に、絶対に忘れてほしくないのは、どの患者にも、その人を大切に思っている家族がいるということだ。これは教育の場にも共通して言えることだ。
父の入院に関して、感じている心配が、一看護師の問題であれば、まだよい思う。
しかし、これがその病院の勤務体制など組織的な原因によるものであれば、人の生命を扱う現場としてどうなのだろう。
そして、その病院だけの問題であるのならまだよい。
日本の医療政策がその背景にあって、このような病院が存在しているのだとすれば、どうにも情けないことだと思うのだ。
2012年11月14日水曜日
高校生イカの燻製づくりに挑戦! その作業中の深い哲学的おしゃべり
羅臼高校の3年生のうち海洋生物を選択している生徒たちとイカの燻製作りをした。
役場職員の専門家に指導してもらい、町の施設を利用しての実習だ。イカは、羅臼漁協から提供をうけている。
町ぐるみで応援してもらって成り立っているこの実習は、もう10年近く続いている。
イカをおろし、味付けして一晩乾燥させる。
この作業は昨日実施した。
今日は、朝から乾燥したイカに煙をかける作業だ。
燻煙を終えたイカは適度な厚さにスライスし、真空パックにする。
一枚ずつ包丁で切るのだから、厚みにバラツキが出るのはご愛敬だ。
大胆豪華な厚切りから顕微鏡標本のような薄切りまで、いろいろだ。
「これが手作りの味わいだよ」などと話していると、指導してくれる専門家が、
「工場では、機械で切るから常に均一な厚さになります。やはり商品ですからね」と付け加えてくれた。
ふーむ、商品にはばらつきがあってはダメなのだ、と改めて思い起こした。
だが、イカだって生きものだ。大きなイカもいれば小さなイカもいる。
生徒も生きもので、彼らが手で切るのだから均一な厚さを保つというわけにはいかない。
そして、それを食べる人々も実は生きものだから口の大きさや噛む力はまちまちだ。
「統一された均一な規格」というものは、「生きもの」とは、相容れないのかも知れないな、と思った。
鉄やコンクリートなど人工的に作られる物には、商品の均一性は大事な要素だ。
だが、生物由来の原料を使い、生物が食べ物とする製品に、統一された規格や均質さを強く求める必要があるだろうか。
われわれは、自然から乖離(かいり)した生活を送るうちに、知らぬ間に食べ物の規格が統一されていることを求め過ぎているのではないだろうか。
燻煙されたイカの胴体の両端は、乾燥が進みすぎ、煙の味が濃くなり過ぎているの切り取って、「製品」にはなることはできない。(生徒たちが喜んで食べ、残りは持ち帰ったが)
工場で大量生産されるとしたら、こんな「規格外」の部分は捨てられる運命になるかも知れない。
われわれはここでも自然から恵みを無駄にしている。
罰当たりなことをしていることになる。
食べ物を「工業製品」として流通させることには、限界のようなものがあるのではないだろうか。いや、あるべきかも知れない。
規格の統一を強く求めすぎるから、電力も大規模発電所でなければ作ることが許されず、「品質」にバラツキのある自然エネルギーは敬遠されてきたのだろう。
「自然界は多様性に富んでいる」という事実を認識の基底に置いて、すべてを見直さなければ、人類に未来は無いと思った。
たかだがイカの燻製作りの最中に交わした与太話だが、なかなか深いテーマにつながったのであった。
2012年10月23日火曜日
ソーシャルメディアとモーゼ
あなたは自分のために刻んだ像を造ってはいけない。天にあるもの、地にあるもの、水のなかにあるものの、どんな形あるものも造ってはいけない。それにひれ伏してはいけない。それに仕えてはいけない。(出エジプト記 20:4、「モーセの十戒」)
前線を伴った低気圧が通過し、夜半から激しい雨が降った。朝がたから昼頃までは低気圧に吹き込む南風のために気温があがり、生温かいほどだったが、低気圧が太平洋上に抜けた夜からは急速に冷え込みつつある。
ただ、之を書いている午後9時で外気温はまだ14℃ある。
季節の変わり目である。次々と低気圧が通り過ぎていく。
いま、知床の森の樹木は、日ごとに葉の色を変えていく。
気温の変化によって起きる現象だとはわかっていても、全体が一斉に変化していく有様は、そこに何らかの意志が介在しているかのように思わせるものだ。
昨日、久しぶりにTVをつけてNHKのニュースを見たが、それに続く番組で「ソーシャルメディア依存症」のことを取り上げていたので、そのまま見続け、最後まで見てしまった。
フェイスブックやツイッターなどインターネット上のソーシャルメディアにはまり込んで、目覚めてから寝るまでPCやスマートフォンを手放せず、家事や育児にも支障が出ている人のことを紹介していた。そこから切り離されると不安になってしまうのだそうだ。
それを研究している医師もいて、なぜ依存症に陥るのかを解説してくれていた。
FBやツイッターなどをしていて、1時間~2時間があっという間に過ぎてしまった覚えのある人は少なくないことだろう。さらに激しく、これらの世界にのめり込む人々もいることだろうから、このような依存症が生じることは理解できる。
そして、TV番組でそれを報じ、「ソーシャルメディア依存症」という名前まで付けてしまうと、この症状はもう立派な?病気として公認されることになる。
(精神科医は、このような依存症や発達障害の諸症状に名前を付けてメシのタネを増やし ているのではないか?などとひねくれた解釈をしたくなるが、それはさておき)
モーゼが神から示された十戒の一つに「偶像崇拝をしてはならない」というのがある。 ソーシャルメディアに限らず、さまざまな「依存症」は、その依存する対象を偶像として崇拝している状態にたとえることができると思った。
新しい技術には、必ず負の面も伴っている。それは一枚の画の表裏のようなもので、ソーシャルメディアの中に作られる仮想の社会に浸りきってしまう人々も生み出してしまうのだろう。「偶像を崇拝するな」という啓示は、それだけにとらわれないようにしなさい、という警告だと思うのだ。
逆に言うとモーゼの時代から、その種の人々は存在していたことになる。
あらゆるモノは、特により便利で有用なモノほど人の生活に役立てられるために考え出されたはずだし、実際に多くの人がその恩恵に浴している。
ソーシャルメディアも歴史の古いマスメディアに代わる新たなツールとして登場し、その力によって国家の古い体質を変えたり独裁政権を倒すほどの力を発揮している。
(NHKが「ソーシャルメディア依存症」を取り上げたのは、日本国内でこれ以上ソーシャルメディアを普及させないためのキャンペーンではないか、という解釈も成り立つ)
ソーシャルメディアに限らず、あらゆる「形あるもの」を崇拝し、それにひれ伏してはいけないのだ。
ものごとを注意深く考えることが大切であろう。
2012年9月4日火曜日
係長の悲劇
今日も公民館の裏にクマが出た。 公民館の裏口は指定喫煙場所になっている。 公民館職員の某係長が、仕事の合間の息抜きにそこで喫煙をしていた。 そして、何気なく後ろを振り返った時、一頭の若いヒグマが建物の角を曲がって歩いて来た。 その距離数メートル。目と目が合って、その職員も驚いたがクマもびっくりして走って山へ帰った。クマもさぞかし怖かったことだろう。なぜならその係長は、筋骨逞しい大男だったから。 羅臼では「角を曲がればクマ」というのがもはや常識になりつつある。 一方ニュースでは、東京都の係長が収賄容疑で逮捕されたと伝えていた。 首都直下地震に備えた水道管の備蓄倉庫建設など東京都水道局の発注工事を巡って、都交通局工務事務所建築第2担当係長が、贈賄側業者への発注額を意図的に約5300万円増やした疑いがあるとのことだ。 こっちの係長は、業者から計68回にわたり、約110万円分の飲食接待を受けた、と報じられている。 もちろん良いことじゃない。あってはならないことだ。 これが事実なら厳しい制裁が必要だ。 同時に、このニュースを読みながら、ふと「罪と罰」を思い出していていた。 ラスコーリニコフは、「一人の人間を殺せば殺人になるが、戦争で大勢の人間を死なせた者は英雄扱いされる」という論理をふりかざし、強欲な高利貸し老婆を殺して金を奪う。 つまり100万円とか200万円のような金額の収賄は犯罪として追求され、汚職とされてしまうのだが、数十億とか数百億といった巨額の利益をあげるために、大勢の人を犠牲にしても罪にはならない。 政治家も法律家も科学者も寄ってたかって罪にならぬように守ってくれるのが世の中の現実だ。 収賄役人に同情する気持ちは全く無いが、巨悪が堂々とまかり通っている現実に比べると、100万円の収賄で逮捕されたこの係長がちょっぴり哀れになってくる。
2012年9月3日月曜日
電気は足りたの?足りないの?
どうしてもわからない話がある。
今、電力は足りているのだろうか?
夏が来る前、あれほど「足りなくなる、足りなくなる」と大合唱していた。
電気が無くなることがいかにオソロシイことであるか力説し、「セツデンセツデン」と呪文のように繰り返していた。
そこで、是非知りたい。
いつもの夏より、電力消費量はどれくらい抑制されたのか。
発電量と消費量はどれほどの差があったのか。
結局、電気は足りていたのかいなかったのか。
空港などの公共施設で、照明を減らしている所はあったから節電は行われていたのだろう。しかし、それで「暗すぎる」とか「不便だ」とはあまり感じられなかった。つまり、元々不要な照明があり過ぎたということではないか。
夏が来る前、電力会社や大手マスコミが描いた「2012年節電の図」というようなものでは、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」ボロボロになりながら痩せ我慢するようなイメージであった。
だが、おそらく日本中カネや太鼓で探してもそんな節電を行っている所は無いだろう。
つまり、電気は足りていたんじゃないの?という疑問を払拭しきれない。
関西電力の大飯原発以外は、原子力発電所は全部停まっている中で、このような結果だ。関西電力の管内でも聞けば、火発を何基か停めているというではないか。
「電気が足りない」の大合唱は、原発の必要性を無理に認めさせるための悪質なデモンストレーションだった疑いが濃い。
あれだけのキャンペーンを張った政府や電力業界は、収支の実態を明らかにする義務がある。それを隠し続けると、お人好しで喉元過ぎればすぐに熱さを忘れてしまう、論理よりも感覚を優先させる「御しやすき日本人」だって、そのカラクリに気づくだろう。
それとも、これほど愚弄されても、まだボンヤリとお上を信じているのだろうか。
今、電力は足りているのだろうか?
夏が来る前、あれほど「足りなくなる、足りなくなる」と大合唱していた。
電気が無くなることがいかにオソロシイことであるか力説し、「セツデンセツデン」と呪文のように繰り返していた。
そこで、是非知りたい。
いつもの夏より、電力消費量はどれくらい抑制されたのか。
発電量と消費量はどれほどの差があったのか。
結局、電気は足りていたのかいなかったのか。
空港などの公共施設で、照明を減らしている所はあったから節電は行われていたのだろう。しかし、それで「暗すぎる」とか「不便だ」とはあまり感じられなかった。つまり、元々不要な照明があり過ぎたということではないか。
夏が来る前、電力会社や大手マスコミが描いた「2012年節電の図」というようなものでは、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」ボロボロになりながら痩せ我慢するようなイメージであった。
だが、おそらく日本中カネや太鼓で探してもそんな節電を行っている所は無いだろう。
つまり、電気は足りていたんじゃないの?という疑問を払拭しきれない。
関西電力の大飯原発以外は、原子力発電所は全部停まっている中で、このような結果だ。関西電力の管内でも聞けば、火発を何基か停めているというではないか。
「電気が足りない」の大合唱は、原発の必要性を無理に認めさせるための悪質なデモンストレーションだった疑いが濃い。
あれだけのキャンペーンを張った政府や電力業界は、収支の実態を明らかにする義務がある。それを隠し続けると、お人好しで喉元過ぎればすぐに熱さを忘れてしまう、論理よりも感覚を優先させる「御しやすき日本人」だって、そのカラクリに気づくだろう。
それとも、これほど愚弄されても、まだボンヤリとお上を信じているのだろうか。
2012年8月27日月曜日
群馬→東京の旅が暗示するもの
昨日、群馬県から東京に戻って、寄席に出かけようと考えた。
どこの寄席に行こうか、少し迷ったがホテルから一番近い鈴本演芸場を一番に訪ねることにした。
これまで鈴本演芸場とは相性が悪く、いつも団体貸し切りとぶつかってばかりだったが、昨日は、そのようなことは無かった。
開演時刻を少し過ぎた頃だったが、まだ空席が多くゆったりと噺を聞くことが出来た。
当たり前だが、寄席のお客は、笑いを求めて来ているわけだから基本的にギスギスしたところがない。前後左右で起こる笑い声を聞いていると僕も幸せな気持ちになってくる。
寄席は、噺家など出演者の芸を楽しむのはもちろんだが、周りの観客が醸す楽しい雰囲気も楽しめる場なのだと気づいた。
昨日は、群馬県の赤城大沼用水に関連する諸施設を見学し、その建設の話を聞くことが出来た。そして、文字通り「我田引水」の欲と欲が衝突する話を聞かされた。
そこから利益共同体の結束が強まっていき、「ムラの構造」が生まれるのではないか、ということを言いたかったのが昨日の小ブログである。
この利益共同体によって「ムラ」が作られるという構造が変わらない限り、利益を得るネタは変わっても構造は変わらないだろう。
ムラに結集する要因が近視眼的な「利益」から、たとえば環境への配慮などのように「将来の世代の多くの人々の利益」へと変わっていけば、救われる道は残っているのかも知れない。
寄席で演じられる落語の世界も、「利益共同体的ムラの世界」の対極にある世界だろう。
群馬県赤城山から東京の寄席への旅は、何か象徴的な暗示を含んでいるような気がしてならなかった。
どこの寄席に行こうか、少し迷ったがホテルから一番近い鈴本演芸場を一番に訪ねることにした。
これまで鈴本演芸場とは相性が悪く、いつも団体貸し切りとぶつかってばかりだったが、昨日は、そのようなことは無かった。
開演時刻を少し過ぎた頃だったが、まだ空席が多くゆったりと噺を聞くことが出来た。
当たり前だが、寄席のお客は、笑いを求めて来ているわけだから基本的にギスギスしたところがない。前後左右で起こる笑い声を聞いていると僕も幸せな気持ちになってくる。
寄席は、噺家など出演者の芸を楽しむのはもちろんだが、周りの観客が醸す楽しい雰囲気も楽しめる場なのだと気づいた。
昨日は、群馬県の赤城大沼用水に関連する諸施設を見学し、その建設の話を聞くことが出来た。そして、文字通り「我田引水」の欲と欲が衝突する話を聞かされた。
そこから利益共同体の結束が強まっていき、「ムラの構造」が生まれるのではないか、ということを言いたかったのが昨日の小ブログである。
この利益共同体によって「ムラ」が作られるという構造が変わらない限り、利益を得るネタは変わっても構造は変わらないだろう。
ムラに結集する要因が近視眼的な「利益」から、たとえば環境への配慮などのように「将来の世代の多くの人々の利益」へと変わっていけば、救われる道は残っているのかも知れない。
寄席で演じられる落語の世界も、「利益共同体的ムラの世界」の対極にある世界だろう。
群馬県赤城山から東京の寄席への旅は、何か象徴的な暗示を含んでいるような気がしてならなかった。
2012年8月7日火曜日
封印すべき技術 その2
核エネルギー(原子力)を(現在の)人類が利用するには、技術的にもモラルの上からも(まだ)難しいということをよく聞く。昨日の小ブログにもそのような趣旨のことを書いた。
今日は、昨日書き足りなかった分を補足したい。
もう30年も前に亡くなった人の子を宿すなどということは考えられないだろう。だが、技術的には可能だ。技術的には。
ウシやブタなど家畜の世界では、1965年頃から-196℃の液体窒素で瞬間的に精液を凍結して保存する技術が確立していて、数十年前の精液を使って受胎させることが可能になっている。
ヒトに対してそれが行われないのは、純粋に倫理上の理由からだけだ。
これは、「実行可能だが、実行しない」という例の一つだろう。
原子力技術も今は、そういう段階ではないかと思う。
遺伝子組み換え技術もよく考えなければならない技術だと思う。
今、やろうと思えば高等学校の理科室程度の設備と器具で、簡単な遺伝子組み換えは実験できる。数年前に現役を引退した僕でさえ、この実験で「光る大腸菌」を作った経験がある。
もちろん、これをやるためには厳しいガイドラインがあり、遺伝子を組み換えた生物は絶対に実験室の外には出さない、実験終了後は念入りに滅菌することになっている。
なぜなら、このような遺伝子操作によって、抗生物質への強い耐久性を備えたバクテリアができあがったりする危険性が否定できないからである。
その一方で、農業生産の分野に遺伝子組み換えの技術が積極的に用いられるようになった。
たとえば、ダイズの遺伝子を組み換えて、ある種の除草剤への耐久性を高めた品種を作り出し、その畑に大量の除草剤を散布することで農作業の省力化を図り、コストを削減する。そして、低価格で国外の市場を席巻しようという戦略だ。アメリカがこれの最先端を走っている。
また、ある種の昆虫の腸内で毒物として働く物質で、土壌細菌が作り出すものがある。この細菌の遺伝子をトウモロコシなどに組み込んで、トウモロコシ自身がこの物質を生産するように改良することで、昆虫の食害を減らし、殺虫剤の使用量をへらしてコスト削減に役立てるというものも実用化されている。
今のところ、この細菌の作り出す毒素は昆虫には有害だがほ乳類には無毒であると言われている。
しかし、遺伝子の塩基配列のわずかな変化で、作られる物質がどのように変化するか、わからない。
農薬(殺虫剤)の使用量が減るのは、一見良いことに思われるが、何のことはない、植物自身が殺虫剤を合成してしまうのだから怖い感じがする。
ヒトは、何十万年もかかって作物を改良し、改善した点をわずかずつ蓄積し、優れた品種を生み出し、利用してきた。
その改良のために費やす時間を一気に(桁違いに一息に)縮めようというのが遺伝子操作なのである。
僕は、食物は生命活動の基本となる物質なのだから、工業的な生産や加工には馴染まないと思っている。極論かも知れないが、食物の生産や加工、流通を営利の手段とするべきではないと考えている。
残念ながら世の中の流れは、それとは全く反対の方向を向いてしまっているけれど。
今日は、昨日書き足りなかった分を補足したい。
もう30年も前に亡くなった人の子を宿すなどということは考えられないだろう。だが、技術的には可能だ。技術的には。
ウシやブタなど家畜の世界では、1965年頃から-196℃の液体窒素で瞬間的に精液を凍結して保存する技術が確立していて、数十年前の精液を使って受胎させることが可能になっている。
ヒトに対してそれが行われないのは、純粋に倫理上の理由からだけだ。
これは、「実行可能だが、実行しない」という例の一つだろう。
原子力技術も今は、そういう段階ではないかと思う。
遺伝子組み換え技術もよく考えなければならない技術だと思う。
今、やろうと思えば高等学校の理科室程度の設備と器具で、簡単な遺伝子組み換えは実験できる。数年前に現役を引退した僕でさえ、この実験で「光る大腸菌」を作った経験がある。
もちろん、これをやるためには厳しいガイドラインがあり、遺伝子を組み換えた生物は絶対に実験室の外には出さない、実験終了後は念入りに滅菌することになっている。
なぜなら、このような遺伝子操作によって、抗生物質への強い耐久性を備えたバクテリアができあがったりする危険性が否定できないからである。
その一方で、農業生産の分野に遺伝子組み換えの技術が積極的に用いられるようになった。
たとえば、ダイズの遺伝子を組み換えて、ある種の除草剤への耐久性を高めた品種を作り出し、その畑に大量の除草剤を散布することで農作業の省力化を図り、コストを削減する。そして、低価格で国外の市場を席巻しようという戦略だ。アメリカがこれの最先端を走っている。
また、ある種の昆虫の腸内で毒物として働く物質で、土壌細菌が作り出すものがある。この細菌の遺伝子をトウモロコシなどに組み込んで、トウモロコシ自身がこの物質を生産するように改良することで、昆虫の食害を減らし、殺虫剤の使用量をへらしてコスト削減に役立てるというものも実用化されている。
今のところ、この細菌の作り出す毒素は昆虫には有害だがほ乳類には無毒であると言われている。
しかし、遺伝子の塩基配列のわずかな変化で、作られる物質がどのように変化するか、わからない。
農薬(殺虫剤)の使用量が減るのは、一見良いことに思われるが、何のことはない、植物自身が殺虫剤を合成してしまうのだから怖い感じがする。
ヒトは、何十万年もかかって作物を改良し、改善した点をわずかずつ蓄積し、優れた品種を生み出し、利用してきた。
その改良のために費やす時間を一気に(桁違いに一息に)縮めようというのが遺伝子操作なのである。
僕は、食物は生命活動の基本となる物質なのだから、工業的な生産や加工には馴染まないと思っている。極論かも知れないが、食物の生産や加工、流通を営利の手段とするべきではないと考えている。
残念ながら世の中の流れは、それとは全く反対の方向を向いてしまっているけれど。
2012年8月6日月曜日
封印すべき技術があってもいいのじゃないかな
広島への原爆投下の日。
1989年のこの日、旧ソ連時代のシベリアにいた。
当時の「プラウダ」には、広島でひたすら祈りを捧げるおばあさんの写真とともに「ヒロシマを繰り返してはならない」という意味の記事が掲載されていた。
多分に政治的な意図があって載せられた記事かも知れないが、その時、一緒にいたロシア人の何人かに、「ヒロシマは本当に気の毒だった」という言葉をかけられたのを覚えている。
今日、読んだツイッターの記事で、台湾のホテルにいた人が、8時15分に朝食を摂っていたレストランから自室に戻って黙祷しようとしたら、ホテルの従業員に呼び止められ、「ここで黙祷して下さい」と言われた。投下時刻になるとレストランに居合わせた客全員に放送で呼びかけてヒロシマのために黙祷した、と書いていた。
これらの人々の真心に比べて、野田総理大臣のスピーチの空しさは、どうだろう。
言葉と心のこれほどまでに見事な乖離(かいり)は、他に例を見ないような気がした。
「乖離」と言えば、人間は自然からどこまで乖離しようというのだろう。
今日の広島市の松井市長も平和宣言で「『核と人類は共存できない』という訴えのほか様々な声を反映した国民的議論が進められています。日本政府は、市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策を一刻も早く確立してください。」として、人類と核エネルギーが共存できないという考えを強く滲ませている。
ヒトは、地球上に誕生して以来、道具をつくり、火を使い、化学エネルギーを自在に操る術を身につけた。
次に電気エネルギーを様々に使いこなし、ついに核エネルギーにまで手を伸ばした。
核エネルギーが絶対的にタブーだとは思わないが、これは、使い方や管理のしかたを少し間違えば、取り返しのつかない禍をもたらす。
この技術の発達に人類の哲学やモラルは、まだ追いついていないことは自明だろう。
同様に危険な技術は、他にもある。
たとえば遺伝子操作だ。DNAを解読し操作する術を身につけたことで、人類は自然界の生物を思いのままに操ることできるかのように思い上がった。
この影響が、今後どのような形で現れるか、十分に吟味されないままで、主に農業の分野でこの技術が濫用されている。
その結果、生産性を上げ、収量を増やし、コストを削減するという工業生産と同じ原理が農業に持ち込まれている。
だが、農業とは、ヒトの食べ物を作る営みではなかったろうか。そして食べ物は、それ自体がヒトの身体になる、きわめて重要な物質ではないだろうか。
食べる物について、真剣に考えない態度は、自分たちの命を真剣に考えないことである。
賢しげに「命の大切さを教え・・・」などと言葉に出す人は、自分の食べる物がどのように生産され、どのように加工または調理されて、食卓にのぼるか、真剣に考えているのだろうか。
このことは、もう少し考えてみなければならない。
1989年のこの日、旧ソ連時代のシベリアにいた。
当時の「プラウダ」には、広島でひたすら祈りを捧げるおばあさんの写真とともに「ヒロシマを繰り返してはならない」という意味の記事が掲載されていた。
多分に政治的な意図があって載せられた記事かも知れないが、その時、一緒にいたロシア人の何人かに、「ヒロシマは本当に気の毒だった」という言葉をかけられたのを覚えている。
今日、読んだツイッターの記事で、台湾のホテルにいた人が、8時15分に朝食を摂っていたレストランから自室に戻って黙祷しようとしたら、ホテルの従業員に呼び止められ、「ここで黙祷して下さい」と言われた。投下時刻になるとレストランに居合わせた客全員に放送で呼びかけてヒロシマのために黙祷した、と書いていた。
これらの人々の真心に比べて、野田総理大臣のスピーチの空しさは、どうだろう。
言葉と心のこれほどまでに見事な乖離(かいり)は、他に例を見ないような気がした。
「乖離」と言えば、人間は自然からどこまで乖離しようというのだろう。
今日の広島市の松井市長も平和宣言で「『核と人類は共存できない』という訴えのほか様々な声を反映した国民的議論が進められています。日本政府は、市民の暮らしと安全を守るためのエネルギー政策を一刻も早く確立してください。」として、人類と核エネルギーが共存できないという考えを強く滲ませている。
ヒトは、地球上に誕生して以来、道具をつくり、火を使い、化学エネルギーを自在に操る術を身につけた。
次に電気エネルギーを様々に使いこなし、ついに核エネルギーにまで手を伸ばした。
核エネルギーが絶対的にタブーだとは思わないが、これは、使い方や管理のしかたを少し間違えば、取り返しのつかない禍をもたらす。
この技術の発達に人類の哲学やモラルは、まだ追いついていないことは自明だろう。
同様に危険な技術は、他にもある。
たとえば遺伝子操作だ。DNAを解読し操作する術を身につけたことで、人類は自然界の生物を思いのままに操ることできるかのように思い上がった。
この影響が、今後どのような形で現れるか、十分に吟味されないままで、主に農業の分野でこの技術が濫用されている。
その結果、生産性を上げ、収量を増やし、コストを削減するという工業生産と同じ原理が農業に持ち込まれている。
だが、農業とは、ヒトの食べ物を作る営みではなかったろうか。そして食べ物は、それ自体がヒトの身体になる、きわめて重要な物質ではないだろうか。
食べる物について、真剣に考えない態度は、自分たちの命を真剣に考えないことである。
賢しげに「命の大切さを教え・・・」などと言葉に出す人は、自分の食べる物がどのように生産され、どのように加工または調理されて、食卓にのぼるか、真剣に考えているのだろうか。
このことは、もう少し考えてみなければならない。
2012年8月1日水曜日
開会式の怪
ロンドンオリンピックの開会式が開かれていた時、札幌の父のマンションにいた。いつもの習慣でその日の天気やニュースなどを知りたいと思い、午前6時30分頃テレビのスイッチを入れた。すると偶然にも開会式の中継が放送されていた、というわけだ。
競技の特に日本の勝ち負けには、全く無関心な僕だが、開会式を見るのは嫌いではない。世界にはこんな国もあったんだとか、この国の旗はこういうデザインだったんだ、などと興味は尽きない。
少数の代表団しか送ることができないほど貧しい国、今も紛争のただ中にある国などを見ていると胸が塞がる思いがする。そんな国の選手たちの目に、きらびやかで電気や花火などをふんだんに使った、オリンピックのセレモニーは、どのように映っているのだろう。母国では、一日一度の食事さえままならない人々がたくさん暮らしている、という選手もいることだろう。
もう少し、ほんの少しで良いから、世界中の貧困や飢餓や病気が改善されるまで、オリンピックのセレモニーや競技を質素にできないものだろうか。そして、浮いたお金を苦しむ人々の救済に回すことを考えられないのだろうか。ほんの少しで良いから。
オリンピックのために消費される電力は、衛星中継や取材、さらには視聴に使われる分も含めて、膨大なものになっているだろうと思う。
その分を、今、苦しんでいるいる人々に回すことは出来ないのだろうか。
こう考えてくると、現在人類が手にしていて、まずまず無難に利用しているエネルギーである物が燃えるときのエネルギーや電気のエネルギーでさえ、まだまだ本当にマネージメントできているとは言えない現実があることに気づく。
断るまでもないだろうが、ここで言う「マネージメント」とは、安全に使いこなすだけに止まらず、その恩恵を皆が分け合っているということも含めて言っている。
電気や火でさえ、満足にマネージメントできていないなら、原子力(核エネルギー)のように桁違いに巨大なエネルギーなど、今の人類が使いこなせているとは、言い難い。
まして事故を起こして、大変な汚染を引き起こした事実があるのだから。
人類は、もう一度、「身の程」を知るべきだろう。
競技の特に日本の勝ち負けには、全く無関心な僕だが、開会式を見るのは嫌いではない。世界にはこんな国もあったんだとか、この国の旗はこういうデザインだったんだ、などと興味は尽きない。
少数の代表団しか送ることができないほど貧しい国、今も紛争のただ中にある国などを見ていると胸が塞がる思いがする。そんな国の選手たちの目に、きらびやかで電気や花火などをふんだんに使った、オリンピックのセレモニーは、どのように映っているのだろう。母国では、一日一度の食事さえままならない人々がたくさん暮らしている、という選手もいることだろう。
もう少し、ほんの少しで良いから、世界中の貧困や飢餓や病気が改善されるまで、オリンピックのセレモニーや競技を質素にできないものだろうか。そして、浮いたお金を苦しむ人々の救済に回すことを考えられないのだろうか。ほんの少しで良いから。
オリンピックのために消費される電力は、衛星中継や取材、さらには視聴に使われる分も含めて、膨大なものになっているだろうと思う。
その分を、今、苦しんでいるいる人々に回すことは出来ないのだろうか。
こう考えてくると、現在人類が手にしていて、まずまず無難に利用しているエネルギーである物が燃えるときのエネルギーや電気のエネルギーでさえ、まだまだ本当にマネージメントできているとは言えない現実があることに気づく。
断るまでもないだろうが、ここで言う「マネージメント」とは、安全に使いこなすだけに止まらず、その恩恵を皆が分け合っているということも含めて言っている。
電気や火でさえ、満足にマネージメントできていないなら、原子力(核エネルギー)のように桁違いに巨大なエネルギーなど、今の人類が使いこなせているとは、言い難い。
まして事故を起こして、大変な汚染を引き起こした事実があるのだから。
人類は、もう一度、「身の程」を知るべきだろう。
2012年6月3日日曜日
高速道路は便利なのだが・・・
昨日朝、8時50分、本別海を出発。
札幌に着いたのは14時少し前だった。
今日は、朝、11時30分に札幌(JR札幌駅北口付近)を出発。
本別海に着いたのは、17時ちょうどだった。
往復の距離は約830キロメートル。「400キロは距離じゃない」ということを実感できた。往路より復路の方が所要時間が短いのは、高速道路へのアクセスルートの違いと札幌市内を抜け出す時の時間帯による混雑具合の違いのためだろう。
高速道路を全面的に利用して往復したわけで、それはそれで安全で快適、そして時間の短縮という恩恵を受けたことになる。
だが、同時に運転しながら「これで良いのだろうか」という疑問が心の底にずっと沈殿していた。
400キロを5時間半で走り抜けるためには、その途中の景色を堪能している余裕はない。ひたすら前を向いて、目的地に向かって進むのみだ。
初夏の北海道の山々を彩る明るい緑や空知、十勝、阿寒、各地の木々の生育の違いなどを楽しむ余裕はない。
旅は、もっとゆっくりの方が良い。
高速道路や新幹線は移動するための時間を無駄だ、と決めつける価値観に依拠している。 現実には、金曜日まで仕事だったし、月曜日から再び仕事が始まる。なかなか休んでばかりはいられない。職場に迷惑をかけられない。
このような「現実」の問題を回避しようとすれば、この価値観はやむを得ないことなのだろう。
つまり、高速道や高速鉄道への志向を止めるためには、社会的な価値観を大転換させる必要がある。
本当は、昨年の福島第一原発の事故が、それをするための絶好の機会だったし、そうすることこそ、地震、津波などで失われた多くの生命に報いる方策だったと思う。
しかし、現実は、それとは反対を向いて動き出そうとしている。なんと愚かなことだろう。喉元過ぎれば熱さを忘れる野田。
札幌に着いたのは14時少し前だった。
今日は、朝、11時30分に札幌(JR札幌駅北口付近)を出発。
本別海に着いたのは、17時ちょうどだった。
往復の距離は約830キロメートル。「400キロは距離じゃない」ということを実感できた。往路より復路の方が所要時間が短いのは、高速道路へのアクセスルートの違いと札幌市内を抜け出す時の時間帯による混雑具合の違いのためだろう。
高速道路を全面的に利用して往復したわけで、それはそれで安全で快適、そして時間の短縮という恩恵を受けたことになる。
だが、同時に運転しながら「これで良いのだろうか」という疑問が心の底にずっと沈殿していた。
400キロを5時間半で走り抜けるためには、その途中の景色を堪能している余裕はない。ひたすら前を向いて、目的地に向かって進むのみだ。
初夏の北海道の山々を彩る明るい緑や空知、十勝、阿寒、各地の木々の生育の違いなどを楽しむ余裕はない。
旅は、もっとゆっくりの方が良い。
高速道路や新幹線は移動するための時間を無駄だ、と決めつける価値観に依拠している。 現実には、金曜日まで仕事だったし、月曜日から再び仕事が始まる。なかなか休んでばかりはいられない。職場に迷惑をかけられない。
このような「現実」の問題を回避しようとすれば、この価値観はやむを得ないことなのだろう。
つまり、高速道や高速鉄道への志向を止めるためには、社会的な価値観を大転換させる必要がある。
本当は、昨年の福島第一原発の事故が、それをするための絶好の機会だったし、そうすることこそ、地震、津波などで失われた多くの生命に報いる方策だったと思う。
しかし、現実は、それとは反対を向いて動き出そうとしている。なんと愚かなことだろう。喉元過ぎれば熱さを忘れる野田。
2012年5月7日月曜日
都市で暮らす山菜愛好者に問う
昨日、伊達市大滝地区(旧胆振管内大滝村)から美笛峠、支笏湖畔を通り千歳市へ向かう道を走った。
千歳川沿いのその道は、気持ちの良い雑木林の中を延びている。
その林の始まりからおしまいまで、途切れることなく山菜採りの人々の車が駐められていた。山菜採りとおぼしき人々の車は支笏湖畔から始まっていたが、総数にして百台や二百台ではきかないだろう。
厳しい冬から解放され、野山にでかけ、春の光を浴びつつ自然のご馳走を探す楽しさは、僕自身もしていることだから強く共感できる。皆、顔をほころばせてビニールの袋に山菜を詰め込んでいた。圧倒的に高齢者が多いようだ。
しかし、正直なところ同時に少々心配にもなった。
あれほど大勢の人々が山林に入り、特定の植物を採ったら、その地域でその種は、絶えてしまうのではないだろうか、ということだ。資源は有限なのである。
あれほど大勢の人々が自然の資源を利用する場合、将来にわたっても持続的に利用可能であるような、科学的な管理が必要になるのではないだろうか。
山菜採りの人々は、周囲で大勢が山菜採りをしていると、どうしても競争心が強まるだろう。
(そして、世には「競争は良いこと」という偏った価値観が奨励されている風潮もある。) その結果、収穫量は、「必要とする量」ではなく、「隣人より少しでも多く」という基準で決められは、しないだろうか。
かくして、いくつかの特定の種が、山野から姿を消すなら悲しい。
実は、この現象は既に始まっているのかも知れない。というのは、道東のこの地方にさえ、札幌ナンバーの車が道ばたに駐められ、山菜を採っている人の姿をよく見かけるのだ。
山菜採りに来ている人々は、健全な精神の持ち主が多いと思う。(思いたい。)自然を愛するからこそ、野山に分け入って来るのだろうから。そして、子どもや孫のいる世代が多いと思う。皆、子や孫を可愛がっている人々だと思う。その子どもや孫たちの時代やさらにその先の世代にも、今と同じように山菜を採り、味わう楽しみを残しておいてやろうというのが愛情なのではないだろうか。
現在の採り方は異常だ。法的な規制は無い。無いからこそ自らの内なる自制心で「自分が食べる分量だけいただく」という気持ちになれないのだろうか。
「そうは言うが、自分だけ自主規制しても自分が取り残した分を他人が採ってしまえば 同じことじゃないか」という反論が聞こえてきそうだ。
さが、待て。待ってもらいたい。
資源も環境も未来のことを考えず、現在使用可能なものはすべて使い尽くす、という構図は、どこかにないか?そう。原子力発電がまさにそれに当たる。
原子力発電を推進し、いまだにそれにしがみつき、利権に群がっている人々。
(作為的なデマかも知れないが)電力供給不足に陥るという脅しに乗せられて、「便利で快適な」生活を捨てられない人々と、取り憑かれたように自分が食べる量の何倍、何十倍もの山菜を採りまくる人々と、精神の構造はよく似ているのではないだろうか。
千歳川沿いのその道は、気持ちの良い雑木林の中を延びている。
その林の始まりからおしまいまで、途切れることなく山菜採りの人々の車が駐められていた。山菜採りとおぼしき人々の車は支笏湖畔から始まっていたが、総数にして百台や二百台ではきかないだろう。
厳しい冬から解放され、野山にでかけ、春の光を浴びつつ自然のご馳走を探す楽しさは、僕自身もしていることだから強く共感できる。皆、顔をほころばせてビニールの袋に山菜を詰め込んでいた。圧倒的に高齢者が多いようだ。
しかし、正直なところ同時に少々心配にもなった。
あれほど大勢の人々が山林に入り、特定の植物を採ったら、その地域でその種は、絶えてしまうのではないだろうか、ということだ。資源は有限なのである。
あれほど大勢の人々が自然の資源を利用する場合、将来にわたっても持続的に利用可能であるような、科学的な管理が必要になるのではないだろうか。
山菜採りの人々は、周囲で大勢が山菜採りをしていると、どうしても競争心が強まるだろう。
(そして、世には「競争は良いこと」という偏った価値観が奨励されている風潮もある。) その結果、収穫量は、「必要とする量」ではなく、「隣人より少しでも多く」という基準で決められは、しないだろうか。
かくして、いくつかの特定の種が、山野から姿を消すなら悲しい。
実は、この現象は既に始まっているのかも知れない。というのは、道東のこの地方にさえ、札幌ナンバーの車が道ばたに駐められ、山菜を採っている人の姿をよく見かけるのだ。
山菜採りに来ている人々は、健全な精神の持ち主が多いと思う。(思いたい。)自然を愛するからこそ、野山に分け入って来るのだろうから。そして、子どもや孫のいる世代が多いと思う。皆、子や孫を可愛がっている人々だと思う。その子どもや孫たちの時代やさらにその先の世代にも、今と同じように山菜を採り、味わう楽しみを残しておいてやろうというのが愛情なのではないだろうか。
現在の採り方は異常だ。法的な規制は無い。無いからこそ自らの内なる自制心で「自分が食べる分量だけいただく」という気持ちになれないのだろうか。
「そうは言うが、自分だけ自主規制しても自分が取り残した分を他人が採ってしまえば 同じことじゃないか」という反論が聞こえてきそうだ。
さが、待て。待ってもらいたい。
資源も環境も未来のことを考えず、現在使用可能なものはすべて使い尽くす、という構図は、どこかにないか?そう。原子力発電がまさにそれに当たる。
原子力発電を推進し、いまだにそれにしがみつき、利権に群がっている人々。
(作為的なデマかも知れないが)電力供給不足に陥るという脅しに乗せられて、「便利で快適な」生活を捨てられない人々と、取り憑かれたように自分が食べる量の何倍、何十倍もの山菜を採りまくる人々と、精神の構造はよく似ているのではないだろうか。
2012年4月26日木曜日
霧に包まれる日々
昨日から濃い霧が知床を覆っている。
霧だけでなく、時々パラパラと雨も降る。
日光がさえぎられ、気温が上がらない。そのため、雪解けが足踏みしている。なかなか進まなくなった。
今日は、「野外活動」の授業でダケカンバ(シラカバの近縁な仲間)から樹液を採る授業を行ったが、林の中には、まだ深い雪があり、足を取られて大変だった。
足腰が弱まっているせいだろうか。それとも、靴の準備を怠り、夏靴で雪の中に入ったからだろうか。真冬の期間よりもずっとおぼつかない足取りの自分が情けなかった。
人は、足元が定まっていないと、しっかり立てないものだ。だから「上げ足を取られる」と転けてしまう。
人を失敗させ、失敗する姿を安全な所から眺めるのを、快く感じる人は多いのだろう。批判し、攻撃することは、実は簡単なのだ。
批判、攻撃することで同調者を増やし、自分への支持を集める手法を採る政治家がいる。まあ、昔からいたのだろうが、マスメディア就中テレビの発達で、そういう人が台頭しやすくなった。
たとえば、一連の公務員バッシングがある。
歯切れの良い言葉で、派手に一部の公務員の待遇の良さや、不真面目な勤務を攻撃してみせ、意識的に全部の公務員が同様であるかのように批判してみせると人の心の奥に潜む妬みに火が点き、その攻撃者が英雄であるかのような錯覚を起こさせる。
しかし、その反面、大学生の就職希望でもっとも多いのが公務員なのだ。これは、どうにもやりきれない矛盾ではないか。
政治への関心の薄い「無党派層」の支持を取り込んで票を集めているのだ。政治に無関心だった人が、関心を寄せ始めるのは、悪いことだとは思わない。
だが、この国の政治が、どのような経過をたどって現在のようになったか、現在の問題の根源はどこにあるのか、社会のあるべき姿をどう思い描いているか、などの深い洞察力に基づいた現状認識や判断を持たないまま、ある種の扇動に乗せられて一方へ流れるのは、危険だ。
「日本は、法治国家ではなく『情治国家』だ」と言われることがある。
政治家やリーダーを理性ではなく「情」で選んでいるうちは、日本の民主主義を根付かせ発展させていくのは無理かも知れない。道は遠いのだ。
しかし、そんな暢気なことを言っているうちに、日本はまた、取り返しの付かない誤りを犯すかも知れない。いや、確実に道を逸れている。
そして、まだ、そのことに気づいている人々は多数ではない。
霧だけでなく、時々パラパラと雨も降る。
日光がさえぎられ、気温が上がらない。そのため、雪解けが足踏みしている。なかなか進まなくなった。
今日は、「野外活動」の授業でダケカンバ(シラカバの近縁な仲間)から樹液を採る授業を行ったが、林の中には、まだ深い雪があり、足を取られて大変だった。
足腰が弱まっているせいだろうか。それとも、靴の準備を怠り、夏靴で雪の中に入ったからだろうか。真冬の期間よりもずっとおぼつかない足取りの自分が情けなかった。
人は、足元が定まっていないと、しっかり立てないものだ。だから「上げ足を取られる」と転けてしまう。
人を失敗させ、失敗する姿を安全な所から眺めるのを、快く感じる人は多いのだろう。批判し、攻撃することは、実は簡単なのだ。
批判、攻撃することで同調者を増やし、自分への支持を集める手法を採る政治家がいる。まあ、昔からいたのだろうが、マスメディア就中テレビの発達で、そういう人が台頭しやすくなった。
たとえば、一連の公務員バッシングがある。
歯切れの良い言葉で、派手に一部の公務員の待遇の良さや、不真面目な勤務を攻撃してみせ、意識的に全部の公務員が同様であるかのように批判してみせると人の心の奥に潜む妬みに火が点き、その攻撃者が英雄であるかのような錯覚を起こさせる。
しかし、その反面、大学生の就職希望でもっとも多いのが公務員なのだ。これは、どうにもやりきれない矛盾ではないか。
政治への関心の薄い「無党派層」の支持を取り込んで票を集めているのだ。政治に無関心だった人が、関心を寄せ始めるのは、悪いことだとは思わない。
だが、この国の政治が、どのような経過をたどって現在のようになったか、現在の問題の根源はどこにあるのか、社会のあるべき姿をどう思い描いているか、などの深い洞察力に基づいた現状認識や判断を持たないまま、ある種の扇動に乗せられて一方へ流れるのは、危険だ。
「日本は、法治国家ではなく『情治国家』だ」と言われることがある。
政治家やリーダーを理性ではなく「情」で選んでいるうちは、日本の民主主義を根付かせ発展させていくのは無理かも知れない。道は遠いのだ。
しかし、そんな暢気なことを言っているうちに、日本はまた、取り返しの付かない誤りを犯すかも知れない。いや、確実に道を逸れている。
そして、まだ、そのことに気づいている人々は多数ではない。
2012年4月16日月曜日
創造すること 力となること
友人がfacebookに「3.11を越える作家たちへ」という文を紹介してくれた。
彫刻家の安藤栄作さんという方の文だ。
昼休み、高校の職員室で、携帯電話の小さな画面に老眼を凝らしながら一気に読んだ。 暴走する資本主義社会の中で「ものを作る人々」が生きるている厳しい現実。そこを地震と津波と原子力発電事故に襲われた経験から見えてきたものが何だったかが、よく伝わってくる。
ヒトが本当に必要なものは何か、が理解できた。
facebookから原文を転載させて頂くことにする。
3・11を超える作家たちへ
大自然の中で彫刻を作って生きていきたいと福島県いわき市に移住したのが20年前。15年間を山で暮らし、5年前からは海沿いの小さな町に住んでいた。
我が家は夫婦そろって彫刻家のため、ご多分に漏れずもう長い間経済的に大変な生活を送ってきた。自分たちの存在のしかたと今の社会システムが噛み合わず、その歪みをたくさん受けてきた。精一杯仕事をしても見返りはほんのごくわずか、使ったエネルギーのほとんどは宇宙の何処かへこぼれ落ちているのではないかと思っていた。2010年には差押えも受けて、その生活に限界が近付いていた。
大地震の起こる10日ほど前、お茶を飲みながら夫婦でこんな話をいていた。「もし、全てが無くなるとして、1つだけ残したいものって何かある?」「1つだけか・・・浩子は?」「そうね、家族のアルバムかな」「俺はアルバムもいらないな」その頃私は家にある彫刻をみんな海岸に持って行って焼いて大地に還すプロジェクトを考えていた。社会システムとの歪みで溜め込んだ歴史を一度リセットしたいと思っていた。
3月11日、その日久しぶりに高校生の娘も連れ立って家族で街に繰り出した。友人の個展を観た後、近くのショッピングセンターの2階で店を冷やかしながら歩いていた。私達の2時46分はその時だった。
その日の夕方、海岸から15mの所にあった自宅は家財や道具、たくさんの作品達もろとも津波と火災で無くなってしまった。空き地に止めた車の中で積んであった搬入用の毛布にくるまって一夜を明かした。翌日、食料やガソリンの調達をしながら避難所の情報を得るためにカーナビのテレビを見ていると、突然原発が爆発した。直後、私達はその場に一緒にいたごく少数の友人達と「必ずまた生きて会おう」と約束をし、かみさんの実家がある新潟に向けて出発した。
自宅を確認しに戻れたのはそれから3週間後のことだった。東京で大学生活を送る長男をいわき駅で拾い、家族4人で現場に向かった。大好きだった海沿いの町はまるで爆撃の後のようだった。焼けた臭いと吹き抜ける放射能混じりの北風に町から命のときめきが消えていた。
流失した自宅の前で呆然としていると、娘が小さな箱を見つけて持ってきた。開けてみると中から小さなお人形と着せ替え用の洋服が出てきた。それは娘が幼かった時、かみさんが彼女に作ってあげた木彫りのお人形だった。泥ひとつ付いていないそのお人形は何事もなかったかのように微笑んでいた。
人々の心が繋がり織りあがった海沿いの小さな町。今は瓦礫の平原となったその町を以前の記憶を頼りに家族4人で歩いた。一通り町を回り、そろそろ帰ろうかという時、瓦礫の上に見覚えのあるものを見つけた。なんとそれは息子が小さかった頃、私が彼に作ってあげた木彫りの車の玩具だった。その頃家族で乗っていた小さなワンボックスカーがモデルで、ミニカーでは売っていなかったものを手作りしたのだった。小さな車の玩具は私たちが帰る前に「そろそろ帰るのかい」と、ひょっこり挨拶しに出てきたように見えた。
不思議な感覚だった。仕事でがつがつ作った大小数百体はあったであろう彫刻達が破壊され無くなり、子供たちに作ってあげた小さくか弱いお人形や玩具が目の前に残っていた。振り返ると瓦礫の平原の中に地元の人が大切にしてきた小さなお社がなぜか無傷で立っていた。
存在する本当の力とは何なのだろう。それはこの先の世界をどういう心で、どういう波動に身を置き生きていけばいいのかというメッセージのように思えた。結局私達は何も拾わず、全てそのままに大地にお花とお線香をたむけて帰路に着くことにした。
その後2か月近く、本当にたくさんの方の愛とご支援の中、避難先を転々としながら制作や発表をこなし5月の末に奈良県の明日香村になんとか着地することになる。この間の事を話し始めると、それだけで原稿用紙数十枚の報告書になってしまうので、ここでは触れないでおくが、私のこれまでの人生でこれほど「ありがとう」という言葉をたくさん口に出した日々はなかった。そしてその言葉のおかげで自分の魂が次第にきれいになっていくのも感じていた。
明日香に避難移住し、ほんの少し日常が回り始めた頃、かみさんがつぶやいた。「子供達に幼かった頃の写真くらい残してあげたかったな」それから間もなくして小さな小包が届くことになる。いわき市にボランティアで入っている東京の方からで、久之浜でアルバムを見つけ、無断で持ち帰りクリーニングをしたのだという。写真の中に私の名前を見つけ、友人とネットで調べまくり送ってきたのだ。
包みを開けると、そこには津波でボロボロになった写真たちがクリーニングされ丁寧にビニールに入れられ入っていた。どの写真も子供たちが幼かった頃のものばかり。いったい天はどこで聞き耳を立てているのだろう。
震災前、勝ち負けの生き残りの世界で分断されていた人々の心が、あの日を境に何かを想い出したように繋がり始めている。メッセージはそれぞれの立ち位置の人々の手をバトンのように渡り、宇宙を回って必要としているところへ必要としている時に届けられている。
さて、私達アーティストには今何ができるのだろう。あらゆるものが経済というプールに浸かり、生きることが勝ち負けのゲームのように扱われてきた近年。アートの世界も素直にその影響を受け振舞ってきた。一部のアーティストはそのプールで水を得た魚のように泳ぎ回り、また一部のアーティストはその水が合わず、生気を失い居場所を求めて喘いできた。
3・11というウエイクアップコール。想像を絶する破壊と感情の揺さぶりの中、私たちは何に気付き何を想い出そうとしているのだろう。もはやアートゲームの波動では時代や人々の魂を支えることはできないだろう。すでにプールにはひびが入り、その外に広がる大海から海水が流れ込んできている。
あの日以来多くの人が遠くから想いを寄せ、また直接被災地に入り活動を続けている。それはヒラヒラと変化する社会の流れにあって、せめて自分の人生の中で1つでも確かなものに触れたいという自分自身へのアクションだ。
彫刻家の佐藤忠良先生からシベリア抑留の話をお聞きしたことがある。食べ物がない中、生き残った人に共通のことがあったという。それは屈強な体ではなく、詩や文章を書いたり、絵や工作をしたり、歌を唄ったり、何か自分でできることを持っていた人たちだった。アウシュビッツの記述にも似たようなものがある。出所の日を指折り数えていた人はその日が来て出所できないと翌日から次々と亡くなっていった。そんな中、創造的な行為を持っていた人はしぶとく生き残ったという。人間という存在を支えている最も中心にあるエネルギーとは結局内なる魂の光なのかもしれない。
変化は始まったばかりだ。まだまだ大きな災害も続くかもしれない。また、私たちが知らなかった歴史や科学の真相が明かされ、戸惑いと混乱の社会に身を置くこともあるかもしれない。そんな時アーティスト達はその直観力とイメージ力、そして強じんなデッサン力で歴史や空間の全体像を見極め、人の存在の骨格となるメッセージをこれでもかというくらい世界に送り出してほしい。
安藤栄作 彫刻家
彫刻家の安藤栄作さんという方の文だ。
昼休み、高校の職員室で、携帯電話の小さな画面に老眼を凝らしながら一気に読んだ。 暴走する資本主義社会の中で「ものを作る人々」が生きるている厳しい現実。そこを地震と津波と原子力発電事故に襲われた経験から見えてきたものが何だったかが、よく伝わってくる。
ヒトが本当に必要なものは何か、が理解できた。
facebookから原文を転載させて頂くことにする。
3・11を超える作家たちへ
大自然の中で彫刻を作って生きていきたいと福島県いわき市に移住したのが20年前。15年間を山で暮らし、5年前からは海沿いの小さな町に住んでいた。
我が家は夫婦そろって彫刻家のため、ご多分に漏れずもう長い間経済的に大変な生活を送ってきた。自分たちの存在のしかたと今の社会システムが噛み合わず、その歪みをたくさん受けてきた。精一杯仕事をしても見返りはほんのごくわずか、使ったエネルギーのほとんどは宇宙の何処かへこぼれ落ちているのではないかと思っていた。2010年には差押えも受けて、その生活に限界が近付いていた。
大地震の起こる10日ほど前、お茶を飲みながら夫婦でこんな話をいていた。「もし、全てが無くなるとして、1つだけ残したいものって何かある?」「1つだけか・・・浩子は?」「そうね、家族のアルバムかな」「俺はアルバムもいらないな」その頃私は家にある彫刻をみんな海岸に持って行って焼いて大地に還すプロジェクトを考えていた。社会システムとの歪みで溜め込んだ歴史を一度リセットしたいと思っていた。
3月11日、その日久しぶりに高校生の娘も連れ立って家族で街に繰り出した。友人の個展を観た後、近くのショッピングセンターの2階で店を冷やかしながら歩いていた。私達の2時46分はその時だった。
その日の夕方、海岸から15mの所にあった自宅は家財や道具、たくさんの作品達もろとも津波と火災で無くなってしまった。空き地に止めた車の中で積んであった搬入用の毛布にくるまって一夜を明かした。翌日、食料やガソリンの調達をしながら避難所の情報を得るためにカーナビのテレビを見ていると、突然原発が爆発した。直後、私達はその場に一緒にいたごく少数の友人達と「必ずまた生きて会おう」と約束をし、かみさんの実家がある新潟に向けて出発した。
自宅を確認しに戻れたのはそれから3週間後のことだった。東京で大学生活を送る長男をいわき駅で拾い、家族4人で現場に向かった。大好きだった海沿いの町はまるで爆撃の後のようだった。焼けた臭いと吹き抜ける放射能混じりの北風に町から命のときめきが消えていた。
流失した自宅の前で呆然としていると、娘が小さな箱を見つけて持ってきた。開けてみると中から小さなお人形と着せ替え用の洋服が出てきた。それは娘が幼かった時、かみさんが彼女に作ってあげた木彫りのお人形だった。泥ひとつ付いていないそのお人形は何事もなかったかのように微笑んでいた。
人々の心が繋がり織りあがった海沿いの小さな町。今は瓦礫の平原となったその町を以前の記憶を頼りに家族4人で歩いた。一通り町を回り、そろそろ帰ろうかという時、瓦礫の上に見覚えのあるものを見つけた。なんとそれは息子が小さかった頃、私が彼に作ってあげた木彫りの車の玩具だった。その頃家族で乗っていた小さなワンボックスカーがモデルで、ミニカーでは売っていなかったものを手作りしたのだった。小さな車の玩具は私たちが帰る前に「そろそろ帰るのかい」と、ひょっこり挨拶しに出てきたように見えた。
不思議な感覚だった。仕事でがつがつ作った大小数百体はあったであろう彫刻達が破壊され無くなり、子供たちに作ってあげた小さくか弱いお人形や玩具が目の前に残っていた。振り返ると瓦礫の平原の中に地元の人が大切にしてきた小さなお社がなぜか無傷で立っていた。
存在する本当の力とは何なのだろう。それはこの先の世界をどういう心で、どういう波動に身を置き生きていけばいいのかというメッセージのように思えた。結局私達は何も拾わず、全てそのままに大地にお花とお線香をたむけて帰路に着くことにした。
その後2か月近く、本当にたくさんの方の愛とご支援の中、避難先を転々としながら制作や発表をこなし5月の末に奈良県の明日香村になんとか着地することになる。この間の事を話し始めると、それだけで原稿用紙数十枚の報告書になってしまうので、ここでは触れないでおくが、私のこれまでの人生でこれほど「ありがとう」という言葉をたくさん口に出した日々はなかった。そしてその言葉のおかげで自分の魂が次第にきれいになっていくのも感じていた。
明日香に避難移住し、ほんの少し日常が回り始めた頃、かみさんがつぶやいた。「子供達に幼かった頃の写真くらい残してあげたかったな」それから間もなくして小さな小包が届くことになる。いわき市にボランティアで入っている東京の方からで、久之浜でアルバムを見つけ、無断で持ち帰りクリーニングをしたのだという。写真の中に私の名前を見つけ、友人とネットで調べまくり送ってきたのだ。
包みを開けると、そこには津波でボロボロになった写真たちがクリーニングされ丁寧にビニールに入れられ入っていた。どの写真も子供たちが幼かった頃のものばかり。いったい天はどこで聞き耳を立てているのだろう。
震災前、勝ち負けの生き残りの世界で分断されていた人々の心が、あの日を境に何かを想い出したように繋がり始めている。メッセージはそれぞれの立ち位置の人々の手をバトンのように渡り、宇宙を回って必要としているところへ必要としている時に届けられている。
さて、私達アーティストには今何ができるのだろう。あらゆるものが経済というプールに浸かり、生きることが勝ち負けのゲームのように扱われてきた近年。アートの世界も素直にその影響を受け振舞ってきた。一部のアーティストはそのプールで水を得た魚のように泳ぎ回り、また一部のアーティストはその水が合わず、生気を失い居場所を求めて喘いできた。
3・11というウエイクアップコール。想像を絶する破壊と感情の揺さぶりの中、私たちは何に気付き何を想い出そうとしているのだろう。もはやアートゲームの波動では時代や人々の魂を支えることはできないだろう。すでにプールにはひびが入り、その外に広がる大海から海水が流れ込んできている。
あの日以来多くの人が遠くから想いを寄せ、また直接被災地に入り活動を続けている。それはヒラヒラと変化する社会の流れにあって、せめて自分の人生の中で1つでも確かなものに触れたいという自分自身へのアクションだ。
彫刻家の佐藤忠良先生からシベリア抑留の話をお聞きしたことがある。食べ物がない中、生き残った人に共通のことがあったという。それは屈強な体ではなく、詩や文章を書いたり、絵や工作をしたり、歌を唄ったり、何か自分でできることを持っていた人たちだった。アウシュビッツの記述にも似たようなものがある。出所の日を指折り数えていた人はその日が来て出所できないと翌日から次々と亡くなっていった。そんな中、創造的な行為を持っていた人はしぶとく生き残ったという。人間という存在を支えている最も中心にあるエネルギーとは結局内なる魂の光なのかもしれない。
変化は始まったばかりだ。まだまだ大きな災害も続くかもしれない。また、私たちが知らなかった歴史や科学の真相が明かされ、戸惑いと混乱の社会に身を置くこともあるかもしれない。そんな時アーティスト達はその直観力とイメージ力、そして強じんなデッサン力で歴史や空間の全体像を見極め、人の存在の骨格となるメッセージをこれでもかというくらい世界に送り出してほしい。
安藤栄作 彫刻家
2012年4月1日日曜日
泉佐野市の馬鹿げたたくらみ
大阪の泉佐野市が市の命名権を売りに出すことを検討しているという。
地名は歴史を背負っているのだから、祖先への尊敬の気持ちがあるなら、安易に過去から続く名称を変えるべきではないと思うのだが。
歌詞の意味不明で、訳のわからぬ歌を、力ずくで「国歌」だとして、無理矢理押しつけるより、その土地がどのような歴史をたどり、どういう意味でそう呼ばれてきたかを考え、尊重する方がずっと大事だと思う。
地名は文化だと思う。
まあ、こう言ってはみたけれど、市町村の合併で、なんだか意味不明で没個性的な名前の自治体がやたらに生み出されたし、住居表示では「自由が丘」とか「光が丘」、「緑町」とかが全国的に急増しているから、もう々でも良いのかも知れない。
日本人は、「伝統」とか「武士道」とか都合の良い時に口にする割には、古いものを大事にしない。使い捨ての伝統を持っているようだ。
割り箸とか伊勢神宮の建て替えとか。そもそも、使い捨てが「日本」の「伝統」なのかも知れない。
その延長線上で、「どうせ一時の名前なんだからカネになるなら売っちまおう」ということなのだろう。
だが、そういう思想の人だけが暮らしているわけではない。日本列島には、その種の文化に与しない民族もいる。
自然を敬い、モノを大切に使い、土地と土地の背負っている歴史を敬い、そこで暮らす生き物を大切にしてきた人々もいる。
もうこれ以上、人の気持ちを踏みにじる政治、政策はやめろ。
地名は歴史を背負っているのだから、祖先への尊敬の気持ちがあるなら、安易に過去から続く名称を変えるべきではないと思うのだが。
歌詞の意味不明で、訳のわからぬ歌を、力ずくで「国歌」だとして、無理矢理押しつけるより、その土地がどのような歴史をたどり、どういう意味でそう呼ばれてきたかを考え、尊重する方がずっと大事だと思う。
地名は文化だと思う。
まあ、こう言ってはみたけれど、市町村の合併で、なんだか意味不明で没個性的な名前の自治体がやたらに生み出されたし、住居表示では「自由が丘」とか「光が丘」、「緑町」とかが全国的に急増しているから、もう々でも良いのかも知れない。
日本人は、「伝統」とか「武士道」とか都合の良い時に口にする割には、古いものを大事にしない。使い捨ての伝統を持っているようだ。
割り箸とか伊勢神宮の建て替えとか。そもそも、使い捨てが「日本」の「伝統」なのかも知れない。
その延長線上で、「どうせ一時の名前なんだからカネになるなら売っちまおう」ということなのだろう。
だが、そういう思想の人だけが暮らしているわけではない。日本列島には、その種の文化に与しない民族もいる。
自然を敬い、モノを大切に使い、土地と土地の背負っている歴史を敬い、そこで暮らす生き物を大切にしてきた人々もいる。
もうこれ以上、人の気持ちを踏みにじる政治、政策はやめろ。
2012年1月23日月曜日
どこまでも環境に鈍感な電力会社
先日、根室半島で風力発電事業を始めようとしているある業者と野鳥の会の地元支部との間で話し合いがもたれた。
風力発電の大型風車は、野鳥との衝突事故が絶えない。北海道では、これまで20羽近いオオワシやオジロワシが衝突事故を起こしている。野鳥の会は、風力発電に反対する立場ではないが、風車の建設に際しては十分な環境調査と慎重な判断をすること、建設後の状況調査(モニタリング)は、情報を公開し的確に行うことを求めている。
遠目には、ゆっくり回っているように見える風車だが、直径90メートルもあるので、翼の先端付近の早さは時速200キロメートルを超えている。これに衝突した個体は、瞬時に体が数片に引き裂かれ、無残な状態で飛散する。
大型のワシ類は、羽ばたき飛行もするが、羽ばたきを止めた滑空を利用しながら消費エネルギーを抑える飛び方をするので、小回りがきかない。
ワシ類の風車への衝突がなぜ多いか、その理由は、必ずしも明らかではないが、この飛行法もその原因の一つだと思われる。
そこで、風車の建設には、野鳥への配慮が求められるのだが、再生エネルギー絶賛の追い風を受けて、多くの業者が生まれている。中には、なりふり構わず風車を建てまくって、後の事は顧みない質の悪い業者もいる。
こんな業者はアセスメントもいい加減で、全国あちこちでトラブルを起こしている。
建設コストの抑制を最優先にすれば、地元住民の合意や自然環境への影響評価などをいい加減にするようになるだろう。
このような業者は、ワシが衝突事故を起こしても、闇に葬りかねない。他人の目が無ければ何でもやってしまうというモラルの低さを構造的に抱えている。日本の原発と同じような手合いなのである。
先日、話し合った会社は、野鳥の会と共同でアセスメントを進めたいという意向を伝えてきた。さらに建設予定地の風況は絶好なのだけれども、ワシ類との競合がどうしても避けられない場合は、建設を断念する意向であるという方針も示してくれた。
当夜の話し合いから環境への配慮や地元との合意に対して、非常に慎重な姿勢を持っているという印象を受けた。
だが、電力を買い上げる側の北海道電力の姿勢に大きな疑問を感じた。
北電は、新たに20万キロワットの枠で風力発電の電力を買い上げる方針を示して業者を募集している。それに対して、多くの業者が応募していきていると報じられている。
そこで、北電は買い入れ予定枠に入る業者の選定を「公平を期すために」抽選で行うのだそうだ。
疑問は、ここにある。
抽選という方法は、本当に「公平」なのだろうか?
つまり、環境に対して「公平」と言えるのだろうか?
環境に配慮しようと考えている業者も、環境を顧みようとしない業者も同列に扱うのが「公平」なのだろうか?
これからの発電の一翼を担う(かも知れない)風力発電の建設が、環境へのインパクトをできるだけ抑えた、良質のものとなるように努力するのは、電力会社の義務では、ないだろうか。
ここに北海道電力という会社が、環境への配慮をなおざりにしている姿勢が、垣間見られるのではないか。
何が何でも原発を推進する会社。
プルサーマル計画を進めてるためにヤラセの意見表明も平気でやる会社に環境への真摯な配慮を期待する方が間違っているのかも知れないが。
しかし、自社の腹が痛むワケではないのだから、せめて業者の選定は、無責任なくじ引きで行わないで、環境への配慮を審査して決めるべきではないだろうか。
もちろん審査の基準を明らかにし、過程は公開にすべきだし、外部の意見も取り入れる必要がある。
それが社会的責任を果たすということではないだろうか。
北電関係者がこれを読んだら、何かコメントを寄せてもらいたいものだ。
風力発電の大型風車は、野鳥との衝突事故が絶えない。北海道では、これまで20羽近いオオワシやオジロワシが衝突事故を起こしている。野鳥の会は、風力発電に反対する立場ではないが、風車の建設に際しては十分な環境調査と慎重な判断をすること、建設後の状況調査(モニタリング)は、情報を公開し的確に行うことを求めている。
遠目には、ゆっくり回っているように見える風車だが、直径90メートルもあるので、翼の先端付近の早さは時速200キロメートルを超えている。これに衝突した個体は、瞬時に体が数片に引き裂かれ、無残な状態で飛散する。
大型のワシ類は、羽ばたき飛行もするが、羽ばたきを止めた滑空を利用しながら消費エネルギーを抑える飛び方をするので、小回りがきかない。
ワシ類の風車への衝突がなぜ多いか、その理由は、必ずしも明らかではないが、この飛行法もその原因の一つだと思われる。
そこで、風車の建設には、野鳥への配慮が求められるのだが、再生エネルギー絶賛の追い風を受けて、多くの業者が生まれている。中には、なりふり構わず風車を建てまくって、後の事は顧みない質の悪い業者もいる。
こんな業者はアセスメントもいい加減で、全国あちこちでトラブルを起こしている。
建設コストの抑制を最優先にすれば、地元住民の合意や自然環境への影響評価などをいい加減にするようになるだろう。
このような業者は、ワシが衝突事故を起こしても、闇に葬りかねない。他人の目が無ければ何でもやってしまうというモラルの低さを構造的に抱えている。日本の原発と同じような手合いなのである。
先日、話し合った会社は、野鳥の会と共同でアセスメントを進めたいという意向を伝えてきた。さらに建設予定地の風況は絶好なのだけれども、ワシ類との競合がどうしても避けられない場合は、建設を断念する意向であるという方針も示してくれた。
当夜の話し合いから環境への配慮や地元との合意に対して、非常に慎重な姿勢を持っているという印象を受けた。
だが、電力を買い上げる側の北海道電力の姿勢に大きな疑問を感じた。
北電は、新たに20万キロワットの枠で風力発電の電力を買い上げる方針を示して業者を募集している。それに対して、多くの業者が応募していきていると報じられている。
そこで、北電は買い入れ予定枠に入る業者の選定を「公平を期すために」抽選で行うのだそうだ。
疑問は、ここにある。
抽選という方法は、本当に「公平」なのだろうか?
つまり、環境に対して「公平」と言えるのだろうか?
環境に配慮しようと考えている業者も、環境を顧みようとしない業者も同列に扱うのが「公平」なのだろうか?
これからの発電の一翼を担う(かも知れない)風力発電の建設が、環境へのインパクトをできるだけ抑えた、良質のものとなるように努力するのは、電力会社の義務では、ないだろうか。
ここに北海道電力という会社が、環境への配慮をなおざりにしている姿勢が、垣間見られるのではないか。
何が何でも原発を推進する会社。
プルサーマル計画を進めてるためにヤラセの意見表明も平気でやる会社に環境への真摯な配慮を期待する方が間違っているのかも知れないが。
しかし、自社の腹が痛むワケではないのだから、せめて業者の選定は、無責任なくじ引きで行わないで、環境への配慮を審査して決めるべきではないだろうか。
もちろん審査の基準を明らかにし、過程は公開にすべきだし、外部の意見も取り入れる必要がある。
それが社会的責任を果たすということではないだろうか。
北電関係者がこれを読んだら、何かコメントを寄せてもらいたいものだ。
2012年1月6日金曜日
札幌で
札幌で開催された「学校教育におけるアイヌ文化に関する講習会」というものに出席した。
アイヌ文化に関して、初めて知るようなこと、授業に活用するアイディアなどが豊富に提供され、充実した講習会だった。
ただ、少し物足りなく感じられたこともある。
伝統文化の継承については充実していたが、アイヌ民族の歴史に関して、特に江戸中期以降に和人から受けた激しい収奪、明治以降の同化政策や差別、現在の所得や就学の格差などには、意識的に口をつぐんでいるとしか受け取れなかった。
無理もなかろう。
北海道の先住民であるアイヌ民族を差別し収奪した当事者が今の日本の政府であるわけで、差別と収奪の歴史を教えることは、政府が自分の誤りを認めなければならないのだから。
この国の政府に脈々と流れる無謬主義(オカミは絶対に間違ったことはしないという思想)は、非常に根強いものがあり、そのために中国や韓国など近隣諸国との摩擦がずっと絶えない。
このような指摘をすると「自虐史観だ」などと意味不明の抵抗さえ受ける。抵抗者は、本当は「非国民」という懐かしい表現を使いたいのだろうが。
琉球への差別も同様で、その延長線上に今回の防衛省や沖縄防衛局による沖縄県民の意志を完全に黙殺した、異常な環境影響評価書の「提出」騒ぎが起きているのだと思う。
どうして、この国の権力者は、このように「単一民族国家」であろうとするだろう。
犯してきた誤りをちゃんと総括し、誤りは誤りとして認めないうちは、
「ひとつになろう日本」などという標語に違和感を感じて、「絶対ひとつになんかなるもんか」と思ってしまう。
素直な目で歴史を見、誤りは誤りとして認め、他民族・多文化共存の社会を築く、という立場で社会のあり方を考えて行かなければ、この国に未来は無い。
アイヌ文化に関して、初めて知るようなこと、授業に活用するアイディアなどが豊富に提供され、充実した講習会だった。
ただ、少し物足りなく感じられたこともある。
伝統文化の継承については充実していたが、アイヌ民族の歴史に関して、特に江戸中期以降に和人から受けた激しい収奪、明治以降の同化政策や差別、現在の所得や就学の格差などには、意識的に口をつぐんでいるとしか受け取れなかった。
無理もなかろう。
北海道の先住民であるアイヌ民族を差別し収奪した当事者が今の日本の政府であるわけで、差別と収奪の歴史を教えることは、政府が自分の誤りを認めなければならないのだから。
この国の政府に脈々と流れる無謬主義(オカミは絶対に間違ったことはしないという思想)は、非常に根強いものがあり、そのために中国や韓国など近隣諸国との摩擦がずっと絶えない。
このような指摘をすると「自虐史観だ」などと意味不明の抵抗さえ受ける。抵抗者は、本当は「非国民」という懐かしい表現を使いたいのだろうが。
琉球への差別も同様で、その延長線上に今回の防衛省や沖縄防衛局による沖縄県民の意志を完全に黙殺した、異常な環境影響評価書の「提出」騒ぎが起きているのだと思う。
どうして、この国の権力者は、このように「単一民族国家」であろうとするだろう。
犯してきた誤りをちゃんと総括し、誤りは誤りとして認めないうちは、
「ひとつになろう日本」などという標語に違和感を感じて、「絶対ひとつになんかなるもんか」と思ってしまう。
素直な目で歴史を見、誤りは誤りとして認め、他民族・多文化共存の社会を築く、という立場で社会のあり方を考えて行かなければ、この国に未来は無い。
2011年11月5日土曜日
「持続可能性」の一日
合同教育研究集会が始まった。
環境・公害と教育の分科会では、やはり福島の原子力発電所事故の問題に議論が集中した。
核エネルギーは、現在の人類には制御できないエネルギーであるという認識は一致していた。
そして、個人的には「持続可能性」という問題を突き詰めて考える一日となった。
「持続可能」などと安易に使うべき言葉ではない。だがしかし、持続可能に一歩でも近づけるために、われわれは今、努力を惜しむべきでない、ということ。
しごく当たり前のことだが、この当たり前のことを何度も何度も確認しながら進むしか、今後の道はないのだろうと思い至った。
ああ、それにしても、なお愚かな、と嘆きたくなる現実がある。
環境・公害と教育の分科会では、やはり福島の原子力発電所事故の問題に議論が集中した。
核エネルギーは、現在の人類には制御できないエネルギーであるという認識は一致していた。
そして、個人的には「持続可能性」という問題を突き詰めて考える一日となった。
「持続可能」などと安易に使うべき言葉ではない。だがしかし、持続可能に一歩でも近づけるために、われわれは今、努力を惜しむべきでない、ということ。
しごく当たり前のことだが、この当たり前のことを何度も何度も確認しながら進むしか、今後の道はないのだろうと思い至った。
ああ、それにしても、なお愚かな、と嘆きたくなる現実がある。
2011年11月4日金曜日
「タイガからのメッセージ」試写会
合同教研のために札幌に来たが、偶然にも北大で「タイガからのメッセージ」というドキュメンタリー映画の試写会を観る機会を得た。ロシア、沿海州=ウスリー地方の先住民であるウデヘの人々のタイガで生きてきた歴史と日常を取材し、森林を切り開くことを続けてきた文明の行き詰まりを打開する希望を、タイガでの暮らしに見いだした映画だ。
優れた作品であるし、現在の日本をはじめ「先進国」の文明に対して鋭く問題点を突きつけていると感じた。
ウスリーのタイガと言えばデルス・ウザーラの生きていた地である。
産業革命以後の科学技術と文明は、世界中の様々な土地で暮らす先住民の生活と文化を奪い、追い詰めることをしてきたが今こそわれわれは、謙虚にかれらの世界観、価値観から学び直さねばならないだろう。
合同教研のレポートも偶然ながらそのような内容のものを書いたので、タイムリーだった。
このような機会が与えられたことに心から感謝したい。
優れた作品であるし、現在の日本をはじめ「先進国」の文明に対して鋭く問題点を突きつけていると感じた。
ウスリーのタイガと言えばデルス・ウザーラの生きていた地である。
産業革命以後の科学技術と文明は、世界中の様々な土地で暮らす先住民の生活と文化を奪い、追い詰めることをしてきたが今こそわれわれは、謙虚にかれらの世界観、価値観から学び直さねばならないだろう。
合同教研のレポートも偶然ながらそのような内容のものを書いたので、タイムリーだった。
このような機会が与えられたことに心から感謝したい。
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