2012年9月26日水曜日
旅の記 その15
9月24日(月) partⅡ
ブラチスラヴァ 息づく中世・・・・辻音楽師
スロヴァキアは若い国だ。チェコから分離独立してまだ19年にしかならない。来年は20周年である。
ザッと見たこの国の歴史は、そのほとんどが外国の支配下になった歴史である。オーストリア帝国とハンガリー帝国という強大な国に挟まれ、それ以外の時にはトルコやタタールなどが攻め入って来ていた。
『スロヴァキア』として独立したのは、ひょっとしたら初めてのことかも知れない。そのせいか、スロヴァキアの人々は、少し控えめに見えるが粘り強く、物事を冷静に見ている人が多いように思う。
あからさまに親切ではないが、心の底には親切な気持ちが満ちあふれている、と言ったら良いだろうか。街で不愉快な思いは、まったくしなかった。
ブラチスラヴァの街、とりわけ旧市街は、そのように意識して作られているためもあるだろうが、中世の世界に迷い込んだような雰囲気だ。町並みや道路、店のレイアウトなどがすべてそのように統一されている。
「アルケミスト(錬金術師」という名のレストランがあったり、中世ヨーロッパらしい扮装の銅像があったりする。
お城に登り、あちこちの店をのぞきながら歩いていると街角で楽器を弾く弾いている人がいた。変わった楽器で勢いよく回転する車輪で弦をこすりながら音を出し、鍵盤に似た木の板で押さえて音階を決める。初めて見た楽器だが、以前にラジオの音楽番組で解説されていた「ドレライヤー」または「ハーディーガーディー」という楽器ではないかと思った。
演奏している辻音楽師のおじさんに訊いてみるとはたして「その通りだ」という答えが返ってきた。その人は「ホィールフィードル」と呼んでいたが。
アラビア辺りが起源の古い楽器で、なんとも古風な音が出る。だが、どこか懐かしい素朴な音色で、この街並みに静かに溶け込んでいくようだった。
しばらくそのおじさんと話をした。話をしたと言っても互いに英語では十分に意思疎通できず、少しもどかしさを伴った会話だったが、
「フクシマの様子はどうなんだい?もう人が住めるようになったの?」という質問もされた。
「まだ大勢の人が避難生活をしています。当分帰れないかも知れません」と答えると、表情を歪め、いかにも気の毒だという気持ちを表してくれた。
日本からはるか離れた、こんな小さな街の辻音楽師にまで心配されるような大災害をわれわれは抱えているのだ、と再認識した。
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