朝、海岸沿いに走るとき、オオハクチョウの群れと併走することが時々ある。
何回も書いているかも知れないけれど、この群れは短距離を移動するのではなく、長距離を飛んで帰って行くのだ、という明確な意志をハクチョウの群れから感じ取ることができる。
ある種の悲壮感と言っても良いかもしれない。確かに悲壮感に違いない。彼らの渡りは命がけだ。頼れるものは自分の翼しかない。
ハクチョウたちの渡りのルートにある水たまりや川には群れからはぐれ、というより群れについて行けずに一羽だけ途中で降りた個体を時々見かける。中には初夏まで留まっている者もある。
そんな鳥は、きっと人知れず姿を消すのだろう。鳥のことに詳しい獣医が、夏になると大半のオオハクチョウは胃の内容物がカビてしまうので、北海道で夏を越すのは困難だ、と言っていたのを聞いたことがある。
渡りは淘汰の旅でもあるかもしない。
そんな悲壮感と裏腹の力強い羽ばたきで、しばしの間僕のクルマの横を飛んでいる。
標津町の市街地に入ると、僕はニンゲンの設けた道路交通法に従って、群れよりも速度を落とさざるを得ない。
そんな僕に後ろ姿を見せて、群れはぐんぐん遠ざかっていく。
「さよなら」
こころでつぶやいてみる。
涙が出そうになる。
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