2009年11月16日月曜日

11月14日(土) 合同教研一日目

 沖縄の作家目取真俊(めどるま しゅん)さんの「群蝶の木」(ぐんちょうのき)を読んだ。「短編」に入るのだろうが、心の中に比重の大きいカタマリが残った。
 「群蝶の木」というのは、無数の蝶が群れ集まっているように花が咲くユウナの木のことである。
 久しぶりに帰省した義明の目前に、「村のホームレス」のような暮らしをしているゴゼイというおばあさんが突然現れる。正常な認知力を失ったゴゼイが義明に「ショーセイ」と呼びかけたところから、従軍慰安婦ゴゼイと、徴兵を忌避した男・昭正との一瞬の愛の日々が、甦り、ゴゼイの生が、次第に明かされていく。
 しかし、ゴゼイの生の真実は、誰にも語られることはない。 ゴゼイはずっと「日本兵ともアメリカとも寝れる、理解不可能な、廃屋で暮らす、村の異物であり、必要悪」として扱われ続けてきたのだ。
 村の祭りで演じられる「沖縄女工哀史」の劇に出てくる琉球人への差別に村人は、怒り、涙を流すが、そこに乱入したゴゼイの生きてきた道に思いをいたす者は誰もいない。
 日本軍の暴虐に泣き、飢えに苦しみ、砲弾の雨に打たれた住民にとって、敗戦は解放だったかもしれないが、ゴゼイにとっては、新たな苦しみの始まりに過ぎなかった。
 ゴゼイは、目の前から消えた昭正との愛を確かめたユウナの木を自分の精神の中心に据え、その下で生きる。
「この作品はそれ自体が、戦争の記憶の表現であると同時に、戦争をめぐる表現に対しての批評となっている。結局ゴゼイの体験は、義明に継承されることはない。この、伝達されないということが伝達内容であるという点で、この作品はきわめて複雑な構造を持つと同時に、その分、読者の役割はきわめて大きくなっている。(大野隆之・『群蝶の木』書評より)」
 ゴゼイは「我が哀り、お前達が分かるんな?」と問う。それは、大和人(ヤマトンチュ)である私たちへの問いかけでもある。 危険きわまりない米軍基地を放置させ、慰安婦はいなかった、日本軍の自決強要はなかったという強弁を許す、こんな世界の一員である、私たちへの問いかけに他ならないのではないか。 一方、リゾート地としての沖縄の明るい日差しの中で、徹底的に「なかったモノ・忘れたいモノ・存在しないモノ」として埒外に追いやられるゴゼイのような人々のことを誰も知らないし、歴史教育でも知らされることはない。 他者の苦しみに寄り添い、自分のことのように思いやる事の大切さを叫ぶ一方で、実際にはその真反対の事をやって見せているのが、現代のこの国の「指導者」たちなのではないだろうか。
 昭正との濃密な日々、日本兵のおぞましさ、自分を慰安婦とさせている全世界への憎しみ、同胞であるはずの沖縄人への深い失望、怒り、村から排除され、村人の誰からも顧みられなかった孤独、寂しさ、それらをひっくるめた、言葉にならないゴゼイの思いと昭正との日々をよすがにして生きるしかなかったゴゼイの気持ちの深淵が、しこりのように心に残った。
 と、感想を書いてまとめたのは土曜日の朝だった。
 そして、その日、全道合同教研で、分科会の始める前のテーマ討論「世界の少数民族」に出席した。 そこではアイヌ民族が今でも激しい差別を受け、現代社会の辺縁に押しやられている現実、「人類学」の名のもとに墓を暴かれて持ち去られた骨が、世界中のあちこちに散らばっている事実を知った。そして、それらの骨が返還されて来た時、合同慰霊施設を作るという所までは良いのだが、それを観光施設としても活用しようという思惑もあることなど驚くべき事実を知らされた。 もちろん、自分の無知も知らされたのだが。
 琉球、アイヌ、ウィルタ……重い重い研究会の幕開けだった。

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