2009年3月15日日曜日

僕とラ・マンチャの男

 「ラ・マンチャの男」と初めて出会ったのは高校3年の今頃、道南の大沼に家の自室でのことだった。受検した大学がすべて不合格となり、鬱々としていたある日曜日のことだったと思う。FM放送の番組で、ブロードウェイのミュージカルを紹介していた。社会経験の乏しい未熟な僕にとって、その意味の深さを完全に理解することはできなかった。だが、直感的に強く惹かれるものがどこかにあった。
 それ以来、ドン・キホーテあるいはセルバンテスは、常に気にかかる存在として僕の心に住みついた、と言うことができる。

 劇中のシーンの一つ。
 それまで地下牢でドン・キホーテを演じていたセルバンテスが、幕間に本人に戻った時のやりとり。セルバンテスに反感を抱く「公爵」と呼ばれる囚人との間で交わされる会話だ。

公爵    「詩人は無意味な言葉で現実を曇らせる。」
セルバンテス「その通り!現実とは人の心を押し込める石牢だ。
       詩人は想像力で夢を見つけ出すのだ。」
公爵    「キミの罪状は理想家でつまらぬ詩人で正直であること。」
セルバンテス「確かに罪状の通り。理想家だ。だが夢想家ではない。つまらぬ詩人。返す       言葉もない。」
公爵    「現実と夢とは違う ここの囚人と君の妄想の騎士とはな。」
セルバンテス「彼らの夢こそ現実的だ。」
公爵    「夢は夢だ。なぜ、詩人は異常者が好きだ?」
セルバンテス「似てるのだ。」
公爵    「人生に背を向けてる。」
セルバンテス「人生を選ぶのだ。」
公爵    「ありのままを受け入れろ。」
セルバンテス「人生をか。
       40年以上人生を見てきた。
       苦悩、悲惨、残酷さ、神の作った子たちの声は道ばたにあふれるうめき声       だ。
       兵士も奴隷も経験した。ある者は闘いで、ある者はムチ打たれて死んだ。
       彼らは人生をただ受け入れてきた。そして死んだ。栄誉も立派な遺言もな       く。ただ当惑して『なぜ』と問いながら死んだ。
       『なぜ死ぬのか』ではなく『なぜこんな人生を』と問いながら。
       人生の中で異常とはなんだ。
       現実的すぎること、夢を持たぬこと。ゴミの中の宝探し、正気を通すこと
       一番の異常は人生をそのまま受け入れることだ。」

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