2012年3月28日水曜日

浮力の怪 流氷百話 22/100

羅臼には、流氷の海に観光船を出してオジロワシやオオワシを観察するクルーズがある。その船の船長とは、家も近くとても親しくさせてもらっている。

 ある日、ワシを観察するその船に乗せてもらっていた時、船長が流氷について説明してくれていた。
「流氷は、海面の上に出ている部分より海面下の方がずっと厚みがあるんです。特に2月、3月頃の流氷は、海の中の見えない部分が厚く、船は特に注意しなければなりません。」

 この時、僕は耳を疑った。
 なぜなら氷の密度は、温度や圧力でごくわずかの変化はあるとしても、比重が大きく変わるほどの変化はしないはずだと考えたから。どこまで行っても同じ氷と海水だ。

 この船長は、知床の海の隅々まで知り尽くしている超ベテランで、昔から知床の船乗りたちの間で言い伝えられている豊かな知識も持っている。
では、どうして船長は、そういう話をしたのだろう。真相はわからないが、僕は彼の言葉を信じたい。

 とすると物理の法則が間違っているのか?
 まさか、そんなことはあり得ない。

 経験から得られた事実と物理法則の両方を立てて説明できないだろうか。

これを解決するには、まず、3月の流氷の海中部分が本当に厚いかどうかを検証する必要がある。そのような観測事実が明らかになってから考察をするべきだろう。
ただ、現段階でそれは不可能なので、船長の言葉が事実だったと仮定してその原因を考えてみた。

 最初に思いついたのは気泡の含有量が変化しているのではないか、という仮説だ。氷の中には空気が閉じ込められているから、その量が比重に影響を与えるかもしれない。
 流氷が冬の海を漂っている間に雪が降る日もあるだろう。氷の上に雪が降り積もりそれが凍って、最初の氷に付け加わる。それが比重を大きくする働きをしているかも知れない。
 もちろん、これも検証する必要があるが。

 もう一つは、2月から3月にかけて沿岸の海水温も低下するので、海水の凍る温度を下回り、流氷が成長している可能性も考えられる。その成長の過程で、気泡の含有率が下がって比重が大きくなる可能性はどうだろう。

 いずれにしても、僕たちが学校の教室で学ぶ物理は、様々の現実の条件を捨て去り、「本質」の部分でどのような現象が起きているかを問題にする。いわば、頭の中で理想化(あるいは「空想化」)したことがらについて論じている。
 だから、実際に海の上で起きている現象を説明するには、十分とは言えないと思う。

 「自然に対して謙虚になれ」とよく言われる。それは、地震や台風、津波など災害をもたらす自然の「力」に対してはもちろんだが、流氷の比重の変動のようなごく微量の物理現象に対しても当てはまることではないだろうか。

 学問は、どこまでも傲慢であってはならない。
 傲慢でないからこそ明らかになった事実や真理に対しては全幅の信頼を置いて、非科学的なもの、似而非科学的なものと、毅然と対峙できるのだと思う。

 船長の説明を聞いて耳を疑った自分自身を、僕は密かに恥じている。

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