2011年5月12日木曜日

シャチとの邂逅 根室海峡の午後

 久しぶりに船に乗った。
 知床ネーチャークルーズの「エヴァーグリーン」
 船長の毒舌も懐かしい。
 午後の根室海峡は、昨日までとは打って変わって風も弱く、波もない良い凪だった。

 午前中にシャチが見られたという海域に向かう。
 出航後30分少し経ち、午前中の航海でシャチと出会った場所を通り過ぎたが何もいない。船長の毒舌が鋭さを増す。




 右舷の方にオットセイが浮いているというので舳先を向け、しばらくの間オットセイを見守る。
 やがて気を取り直してシャチ探しを再開する。

 それからさらに小三十分、ついにシャチの群れに追いついた。




 船を取り囲むようにシャチの群れが展開している。
 「レプンカムイ(海の神)」とアイヌ民族が崇敬を込めて呼んでいた通り、船が近づいてもとりわけ急ぎもせず、ゆうゆうと泳いでいる。

 背びれが高く突き出た雄、丸みを帯びた背びれの雌、子どものシャチもいる。30頭ほどのポッド(群れ)だ。

 夢中でカメラを向け、シャッターを押し続ける。
 突然、涙がこみ上げてきてファインダーの向こうがぼやけた。
 頭の中が真っ白になった。
 
 なぜだろう?

 いま、僕らニンゲンが、この幸せそうな家族が暮らす海を放射能で汚している事実を思い出したからだ。




 海は、体長8メートル、体重6トンのこの巨大な生きものたちが暮らす場でもある。家族の絆が強く、7年前に知床の海岸で流氷に閉じ込められた群れは、大人のシャチが子どものシャチを護るように取り囲んで息絶えていた。

 こんな動物たちの幸福を奪う権利がニンゲンにあるだろうか。
 電気が足りないからという理由で、この愛情深い、堂々とした動物たちを平気で殺せるのだろうか。

 ファインダーを覗いている時にこみ上げてきた涙は、そんなニンゲンの悪行への怒りだ。

 なんの保障も要求せず、東電の社長の土下座を受けることもせず(そんなもの何の役に立たないけど)だまって放射能に汚染されていくかもしれない、存在。

 「放射能汚染水は、海水中に拡散するから問題はない」
 こう発言した保安院の職員の言葉が再びよみがえる。

 われわれは、このシャチや先ほどであったオットセイなどに、どうやって詫びればいいというのだ。


 アイヌ民族は「海の神」と呼んでいた。

 東京電力や原発推進を主張する人々は、神を冒涜してしまったのだ。

 やがてシャチは、水面から高々と背びれを突きだし、夕映えの中を去っていった。




 

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