知床峠を越えてウトロの知床自然センターまで、往復した。
昨日、訪ねる予定だったが峠の路面が凍結して通行止めになった。
どうしても行かなければならなかったので、今日は根北峠経由でいく覚悟だったが、幸いなことに午前10時に開通した。
山頂を越えてウトロ側に下りてみると、青空が出て正しい初夏の気温だった。強い日射しの下、羅臼岳は昨夜降った雪にうっすらと覆われていた。
初夏の新雪も、景色としては、良い。
一転して羅臼側は東からの湿った冷たい風が流れ込み、気温3℃で、曇り、峠は濃い霧に包まれていた。
ところで今日の北海道新聞夕刊にショッキングな記事が載っていた
外来のセイヨウオオマルハナバチ 知床の高山帯でも確認(05/28 15:00)
【羅臼、斜里】知床半島の最高峰・羅臼岳(1660メートル)の標高1250メートル付近で、特定外来生物のセイヨウオオマルハナバチが確認されたことが、28日分かった。高山帯で正式に確認されたのは国内2例目。世界自然遺産・知床半島の高山帯で見つかったことで、専門家らは周辺の高山植物など生態系への悪影響が懸念されるとして、危機感を強めている。<北海道新聞5月28日夕刊掲載>
知床連山の1250メートル付近でセイヨウオオマルハナバチが確認されたという記事だ。この3年間、身体を張って本種の侵入を防いできたという思いがある。それだけに残念なニュースだ。
いまさらながら、まったくコメントを出さない農薬会社、輸入業者(商社)、農協、農水省、農家の無責任な態度に腹が立つ。
何とか言ってみろ!
みなで、彼らを包囲し、責任を追及して、防除対策の矢面に立たせねばならない。
たとえば、これら「セイヨウオオマルハナバチ村」の全員が応分の資金を拠出し、基金を作って、一頭1000円くらいで買い取るなど具体的な方策を講じなければこのハチは駆除できない。
さし当たり、関係者は、この文を読んだら速やかに名乗り出て、謝罪すべきである。
2012年5月28日月曜日
2011年3月12日土曜日
「それみたことか」などと言っている場合じゃないが、やっぱりそれ見たことか!
巨大な地震、すさまじい津波。
海岸線から900メートルくらいの所に位置する我が家は、よくある「普通の」津波ならそれほど心配はない。
だが、今回の津波は予想をはるかに超えていた。
万が一津波が到達したした場合に備えて、車に食料など当座必要な物を積み込んで、テレビの情報を注視していた。
津波とその被害を告げる報道に、東京電力福島第一と第二の発電所の異常を知らせるニュースが少しずつ混じってきていた。
そして、そのニュースは、始めのうちは控えめに、しかし徐々に深刻さを増して、伝えられるようになった。
そして、17時10分頃、第一発電所の一号機の原子炉建屋の外壁が吹っ飛んだ映像が映し出された。
それにしても、原発が陥っている事態を可能な限り過小に伝えようとしている意図が見え見えなこの間の報道姿勢は何なのだろう?
出演して解説する「専門家」は大部分が御用学者のように見える。危険性を小さく印象づけようと必死になっている。
原子力安全保安院の発表も同様だ。
たとえば、燃料が水から露出し、温度が上昇している時、非常用にストックしてある水を注入して冷やす、と説明してたが、その水の量は「2万4千リットル」だ、と言っていた。
だが、それは24キロリットルのことで浴槽24杯分にしか過ぎない。風呂桶24杯の水で、3000℃近い熱を十分冷ましきれるのだろうか。
明らかに、よくわからない人に正確な情報を伝えるのではなく、よくわからないように伝えて、「なんだか知らないけどたいしたこと無いんだ」という印象を持たせようとする意図が働いているのではないだろうか。
高い費用をかけて要請される「専門家」なら、十分知識を持たない国民の側に立って、その安全を守ってゆくべきだろう。
発電所の入り口でセシウムが初めて検出され、燃料の被覆が溶け出したことが推定された時、こんなことを言っていた「専門家」もいた。
「燃料のごく一部が溶け出てきたものと思われる。ほとんどの核燃料は容器の中に収ま っていて、原子力発電はほとんど安全だ。」と。
「避難の指示はだ念のためだ」ともその「専門家」は言った。
無責任きわまりない態度だ。
原発は「ほとんど」は危険でないのだ。
裏を返せば
「ごく一部」は危険だ。
そして、事態は「ごく一部」に向かって着々と進んでいたのではないか。
地震と津波だけ、未曾有の災害になっている。
何を好きこのんで、それに余計な災いを付け加えたのだ。
愚かすぎる。
海岸線から900メートルくらいの所に位置する我が家は、よくある「普通の」津波ならそれほど心配はない。
だが、今回の津波は予想をはるかに超えていた。
万が一津波が到達したした場合に備えて、車に食料など当座必要な物を積み込んで、テレビの情報を注視していた。
津波とその被害を告げる報道に、東京電力福島第一と第二の発電所の異常を知らせるニュースが少しずつ混じってきていた。
そして、そのニュースは、始めのうちは控えめに、しかし徐々に深刻さを増して、伝えられるようになった。
そして、17時10分頃、第一発電所の一号機の原子炉建屋の外壁が吹っ飛んだ映像が映し出された。
それにしても、原発が陥っている事態を可能な限り過小に伝えようとしている意図が見え見えなこの間の報道姿勢は何なのだろう?
出演して解説する「専門家」は大部分が御用学者のように見える。危険性を小さく印象づけようと必死になっている。
原子力安全保安院の発表も同様だ。
たとえば、燃料が水から露出し、温度が上昇している時、非常用にストックしてある水を注入して冷やす、と説明してたが、その水の量は「2万4千リットル」だ、と言っていた。
だが、それは24キロリットルのことで浴槽24杯分にしか過ぎない。風呂桶24杯の水で、3000℃近い熱を十分冷ましきれるのだろうか。
明らかに、よくわからない人に正確な情報を伝えるのではなく、よくわからないように伝えて、「なんだか知らないけどたいしたこと無いんだ」という印象を持たせようとする意図が働いているのではないだろうか。
高い費用をかけて要請される「専門家」なら、十分知識を持たない国民の側に立って、その安全を守ってゆくべきだろう。
発電所の入り口でセシウムが初めて検出され、燃料の被覆が溶け出したことが推定された時、こんなことを言っていた「専門家」もいた。
「燃料のごく一部が溶け出てきたものと思われる。ほとんどの核燃料は容器の中に収ま っていて、原子力発電はほとんど安全だ。」と。
「避難の指示はだ念のためだ」ともその「専門家」は言った。
無責任きわまりない態度だ。
原発は「ほとんど」は危険でないのだ。
裏を返せば
「ごく一部」は危険だ。
そして、事態は「ごく一部」に向かって着々と進んでいたのではないか。
地震と津波だけ、未曾有の災害になっている。
何を好きこのんで、それに余計な災いを付け加えたのだ。
愚かすぎる。
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