6月26日の「日本経済新聞」の記事
民主党の前原誠司前外相は26日、神戸市内で講演し中部電力に対する浜岡原発停止の要請などを引き合いに、菅直人首相の「脱原発」に向けた動きをけん制した。「ポピュリズム政治(大衆迎合)政治をしてはいけない。一時的な国民受けをあてにするのは絶対に慎まなければいけない」と述べた。
その上で「急に『脱原発』となれば電気料金は跳ね上がり、極端な節電が必要になる。日本でものづくりはできなくなり、働く場所もなくなる」と強調した。
言うにこと欠いて脱原発を求める意見を「無知な大衆の一時的な気分」と断定したのだ。
脱原発を求める意見は、福島第一原子力発電所の事故を契機に急速に盛り上がった。だが、それは10万人もの人が避難し、日本の国土の半分近くが大騒動になっている具体的な根拠のあることで、「暗愚な大衆の妄想」ではない。
それを「ポピュリズム」と言ってしまう感覚の土台には、自分だけは常に正しいという鼻持ちならない傲慢さが根を張っている。民主主義国家とは相容れない思想の持ち主だ。 前原前外相は、松下整形塾いや違った松下政経塾に通い、政治を一部の人間の金儲けの手段くらいにしか考えない思想をたたき込まれたから、若い頃から政治屋になることばかりを考えてきたのだろうから、それもやむを得ないかもしれない。
「日本でものづくりはできなくなり、働く場所もなくなる」という断定も一面的だ。
海外から原材料と燃料を輸入し「ものづくり」をして輸出するという現在の経済のあり方そのもの検討するべきだろう。
爆発的な増加を続ける地球人口によって予想される食料価格の高騰などで、経済の構造が大きく変わることを彼は、考えられないのだろうか。
「ものづくり」の「もの」とは自動車や電化製品やダムやプラスチックや高速道路だけを意味しているのだろうか。
自分たちが食べる物や生活に必要な物を作り、自己完結的な物の流れを作っていくことで、持続可能な未来への展望が啓けるのではないだろうか。
彼は、人の苦しみや痛みがわかる人間性を発達させることなく生きているのであろう。 問題は、こんな低レベルの政治家が選出されていることだ。
選挙で前原さんに投票した人は、この発言をどう感じるだろう?
こういう政治家の名前を書いた用紙を投票箱に入れた人は、もう一度よく考えてほしい。
2011年6月27日月曜日
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