2013年2月4日月曜日
暗イウチハ、マダ滅亡セヌ
今日は父の医療費に関する手続きのために札幌市中央区まででかけた。札幌駅から駅前通の地下歩行空間を北1条まで歩いた。
地下歩道は、まだ完成してそれほど経っていないから近代的、都会的で洗練された内装だ。全体的になんとなく垢抜けている感じがする。ヨーロッパの地下鉄のコンコースを歩いているのかと勘違いしそうだ。日本国内でそう感じられることはめったにない。どうしてだろうと考えているうちに入り口に答えが貼ってあった。
「節電中」と。
思わず苦笑した。「この明るさで節電なのか?」
それからため息が出た。
やっぱりこの場所は、「節電中」でない普通の時には、もっと明るくきらびやかで、必ずどこかでキャーキャーピーピーと大騒ぎしているべき空間なのか。
なぜ、暴力的なほど明るくしなければならないのだろう。
「節電中」でもまったく不都合がない明るさではないか。
本気で節電したいのならもっと暗くても良いようにさえ思った。
どこまでも限りなく明るくするようにエネルギーを大量に消費することが「質の高い生活」だと言うのだろうか。道に迷うほど出入り口を無闇に出入り口を作り、そこに照明を付けあまつさえエスカレーターまで設置する。
挙げ句の果てには電力が足りない足りないと大騒ぎする。
そういう文化って、どこか子供じみた様相だと思われてならない。
他の場所より照度を落とした灯りに照らされた地下歩道は、歩いている人々までが大人びて見えたのだが、あれはやっぱり錯覚だったのか。
2012年5月19日土曜日
節電・・・野鳥の会の見解
今日は、野鳥の会根室支部の総会があった。総会の後は、懇親会になっている。
趣味を同じくしている者同士が酒を酌み交わすのは、本当に楽しい。その席で、こんな冗談が飛び交った。
野鳥の会では、発電用大型風車への鳥の衝突が相次いでいる事実から、無原則な風車建設には反対の立場をとっている。再生可能エネルギーも必要だが、まずは、節電から始めるべきで、見直しの必要な電力の使い方は、世の中にまだまだたくさんある、という話になった。
話の流れは、当然のように政府やマスコミが今まさに大声で推進している「電力不足キャンペーン」に及び、「あれはプロパガンダで、本当は電気は足りている」という結論に達した。
では、なぜあのようなウソが宣伝されているのか?
一般的には、あの欺瞞キャンペーンは、原発の再稼働と温存である、ということなのだが、今日は別の説が飛び出した。あれは少子化阻止のための対策だという。かつて、ニューヨークで大停電があった時、その280日後に出生数が大幅に跳ね上がったことがあるそうで、その時に生まれた子どもたちを「停電ベビー」と呼ぶそうだ。
「電力不足」を宣伝しておいて、計画停電を実施すれば、その間テレビも見られず、灯りも乏しい暗がりで、人々は、何もすることがなくなって・・・・出生数が上がる、という図式を狙っているのだそうだ。
もし、本当にそれが実現したら、その子どもたちは「節電ベビー」ということになるだろう。
この話が、トキやタンチョウなどの繁殖の話の延長で出てきたところが、野鳥の会の宴会らしい。
荒唐無稽な空想ではあるが、日本の官僚は優秀で、全てを織り込んだ上の原発事故だったとしたら、それこそ本当に怖い。
趣味を同じくしている者同士が酒を酌み交わすのは、本当に楽しい。その席で、こんな冗談が飛び交った。
野鳥の会では、発電用大型風車への鳥の衝突が相次いでいる事実から、無原則な風車建設には反対の立場をとっている。再生可能エネルギーも必要だが、まずは、節電から始めるべきで、見直しの必要な電力の使い方は、世の中にまだまだたくさんある、という話になった。
話の流れは、当然のように政府やマスコミが今まさに大声で推進している「電力不足キャンペーン」に及び、「あれはプロパガンダで、本当は電気は足りている」という結論に達した。
では、なぜあのようなウソが宣伝されているのか?
一般的には、あの欺瞞キャンペーンは、原発の再稼働と温存である、ということなのだが、今日は別の説が飛び出した。あれは少子化阻止のための対策だという。かつて、ニューヨークで大停電があった時、その280日後に出生数が大幅に跳ね上がったことがあるそうで、その時に生まれた子どもたちを「停電ベビー」と呼ぶそうだ。
「電力不足」を宣伝しておいて、計画停電を実施すれば、その間テレビも見られず、灯りも乏しい暗がりで、人々は、何もすることがなくなって・・・・出生数が上がる、という図式を狙っているのだそうだ。
もし、本当にそれが実現したら、その子どもたちは「節電ベビー」ということになるだろう。
この話が、トキやタンチョウなどの繁殖の話の延長で出てきたところが、野鳥の会の宴会らしい。
荒唐無稽な空想ではあるが、日本の官僚は優秀で、全てを織り込んだ上の原発事故だったとしたら、それこそ本当に怖い。
2011年6月29日水曜日
ワラビとエネルギー
今年の5月頃だったろうか。
函館市から転勤してきた山の好きなN先生と二人で生徒を連れて外で授業をしていた。「野外活動」の授業だったと思う。
校地周辺の植物を観察しながら歩き回っているとタラの樹にちょうど食べ頃の芽が出ているのを見つけた。
おっ!と思って眺めているとN先生と目が合った。おもわず二人でにんまりした。
授業が終わっていそいそと採りに行った。一回食べる分量を採ってきて食べた。美味しかった。まだたくさん残っていたが、自分に必要なだけを採ることにしている。
少し遅れてN先生もやって来た。彼も一人分の量を採っていた。
もちろんタラの芽はまだ結構な量が残っていた。
ああ、この人も僕と同じく、自分に必要な分だけ採る人なんだなと思った。
わが家の入り口にワラビが生える。通りがかりの人が目ざとく見つけて採っていくことがある。
いくら自分の土地に生えているとは言っても、野生のワラビだから見つけた人が採っていって構わないと思う。
ただ、中には道路に沿って、目を皿のようにして路肩を探し、手当たり次第に取りまくって山のように持ち去る人がいる。
こういう人は、20kg入りの米袋に何袋もワラビを詰めて車のトランクに入れている。
タダの物は、取れるだけ取ってやろうという、むき出しの欲望を見せつけられているようで、良い気分になれない。
こういう思想は狩猟採集文化の民族には無いとよく言われる。
先住民の考え方の基底に、自然資源の持続可能な利用の方法を守る生活の知恵が息づいているという。
脱原発による電力不足を補うために自然エネルギー(あるいは「再生可能」エネルギー)の利用という方針を支持する人は多い。その考え方自体に反対するつもりはない。
だが待て、と思ってしまうのだ。
タダだから使えるだけ使いまくって良いはずはない。
「再生可能」というけれど、発電のための施設を建設してしまえばその場所は生物の生活の場としては再生できなくなってしまう。
十分に吟味し、慎重な選択が必要だろう。
「脱原発」を唱えるなら、効果的な「再生可能」エネルギーの開発と並行して、不必要なエネルギーは使わないようにするという慎ましやかな自制的な態度がどうしても必要だろう。
わが家の前のワラビを根こそぎ取り尽くすような気分で、エネルギーを浪費し「生産活動最優先」「儲け最優先」「経済成長がなければ死んでしまう」と信じている人々を追い詰めて減らしていくことが、これからは重要になってくると思う。
函館市から転勤してきた山の好きなN先生と二人で生徒を連れて外で授業をしていた。「野外活動」の授業だったと思う。
校地周辺の植物を観察しながら歩き回っているとタラの樹にちょうど食べ頃の芽が出ているのを見つけた。
おっ!と思って眺めているとN先生と目が合った。おもわず二人でにんまりした。
授業が終わっていそいそと採りに行った。一回食べる分量を採ってきて食べた。美味しかった。まだたくさん残っていたが、自分に必要なだけを採ることにしている。
少し遅れてN先生もやって来た。彼も一人分の量を採っていた。
もちろんタラの芽はまだ結構な量が残っていた。
ああ、この人も僕と同じく、自分に必要な分だけ採る人なんだなと思った。
わが家の入り口にワラビが生える。通りがかりの人が目ざとく見つけて採っていくことがある。
いくら自分の土地に生えているとは言っても、野生のワラビだから見つけた人が採っていって構わないと思う。
ただ、中には道路に沿って、目を皿のようにして路肩を探し、手当たり次第に取りまくって山のように持ち去る人がいる。
こういう人は、20kg入りの米袋に何袋もワラビを詰めて車のトランクに入れている。
タダの物は、取れるだけ取ってやろうという、むき出しの欲望を見せつけられているようで、良い気分になれない。
こういう思想は狩猟採集文化の民族には無いとよく言われる。
先住民の考え方の基底に、自然資源の持続可能な利用の方法を守る生活の知恵が息づいているという。
脱原発による電力不足を補うために自然エネルギー(あるいは「再生可能」エネルギー)の利用という方針を支持する人は多い。その考え方自体に反対するつもりはない。
だが待て、と思ってしまうのだ。
タダだから使えるだけ使いまくって良いはずはない。
「再生可能」というけれど、発電のための施設を建設してしまえばその場所は生物の生活の場としては再生できなくなってしまう。
十分に吟味し、慎重な選択が必要だろう。
「脱原発」を唱えるなら、効果的な「再生可能」エネルギーの開発と並行して、不必要なエネルギーは使わないようにするという慎ましやかな自制的な態度がどうしても必要だろう。
わが家の前のワラビを根こそぎ取り尽くすような気分で、エネルギーを浪費し「生産活動最優先」「儲け最優先」「経済成長がなければ死んでしまう」と信じている人々を追い詰めて減らしていくことが、これからは重要になってくると思う。
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